第14話 王に見られてしまう

 どうもヴィンセントとローレンスの様子は、マデリーンを罰しにきたという流れではない。


「マデリーンの出していた支援金は継続し、王宮の水源改善に当たらせる」

「なっ!」


 ヴィンセントの言葉に、グラントに信じられないといった表情が浮かぶ。


「王宮の西に水源がある」

「た、確かに、あそこは王宮の要所です」

「最近、あそこの水量が減っていると報告が上がっている」

「不足している水はヴィアン湖の水を汲み上げていますが、使用する際に水質への不満が出ています」


 水源、井戸の水が減っているという話は、マデリーンも知っている。ちょうど報告が頻繁にあったころ政務に口を出していたからだ。


「その水源調査と水質改善について、魔術院に任せようと思う」

「全面的に任せる、というわけではありません、調査を魔術院も含めて合同で行うという方向で進めます」

「なっ、あんな怪しげな連中に、大事な水源を!」


 グラントは目を見開いて、不満を露わにした。

 水源は西の騎士団詰所に近い場所にあり、王宮でも騎士団の縄張りだという雰囲気が強い。そこに魔術院の者を近づけさせるなど、騎士のグラントとしては我慢がならないだろう。

 しかしヴィンセントとローレンスは揃って決まりだと告げた。


「襲撃の件も、あの時マデリーンは、俺たちと庭園にいた」

「仮に裏で糸を引いているとしても、実行した者は別に存在しています」

「わかりました、そちらの方面から調査を継続します」

「よろしく頼む、グラント侯」


 ヴィンセントに言われ、グラントは黙ってその場で騎士の礼をした。囲んでいた騎士も全員が部屋から出ていく。

 ようやく解放されたマデリーンは、思わずほっと息を吐いた。


「だいぶまいっているようだが、大丈夫か」

「ええ、わたくしを助けるなんて、どういう風の吹き回し?」

「助けたつもりはない」


 ヴィンセントは緩く首を振った。


「あくまで、きちんと調査をおこなった上で、我々がした判断です」

「王宮に被害者が出ている以上、あやふやな状況把握で決めていい事件じゃない」


 先程マドカに対して見せていた、子供じみた表情などは感じさせない。凛々しい表情は確かに王としてあるべき立ちかただった。


「ではわたくしは部屋に戻ってもよくて?」

「ああ構わない、すぐに侍女を呼ぼう」


 ヴィンセントが、使いを手配しようとしたのを、マデリーンは慌てて遮った。


「結構よ、ひとりで戻れます」

「しかし疑いがあった以上、単独行動はすすめられない」

「しつこいわね、なにを拘っているのかしら」


 眉にやや力を入れて、マデリーンは面倒そうにヴィンセントを見上げる。

 澄ました表情のローレンスが、横から口を挟んだ。


「つまらない嫉妬で、その侍女の機嫌を損ねたんじゃないかと心配しているのです」

「なんだか随分と拗らせているわね」

「そうです、どうにかして彼女の機嫌を取りたくて堪らないのです」

「ローレンス、余計なことをいうなっ」


 嫉妬とはどういうことだろうかと、マデリーンはしばし考える。

 ひょっとしてマドカがディアンと楽しげに話していたことを気にしているのか。


「はーん、なるほど」


 それでおかしな表情をしていたのか。ディアンと話すといっても、ごくたまに食事好き同士で意見を交換する程度の顔見知りというだけだ。


「なんだ、そのおかしな笑いは」

「いいえ、なんでもないから気になさらないで」


 なんだかヴィンセントのことがかわいく思えたからつい笑ったなどと、正直に伝えるわけがない。


「解放されたといっても疑いはまだある、怪しい行動はやめることだな」


 念押しするように言うと、ヴィンセントは部屋から出て行こうとした。侍女、マドカを呼びたがっていると思っていたが、諦めたのだろうか。

 マデリーンが心の中で思っていると、ローレンスも同じように考えたらしい。


「ヴィンス、侍女のことは諦めるのか?」

「どうしてそうなる」


 それだけ言い残して、ヴィンセントは行ってしまった。ローレンスは肩をわずかに持ち上げただけで、すぐにヴィンセントのあとを追う。


 結局、マデリーンが解放されたのは、昼食どころか夕食さえも終わりそうな時間だった。


「お帰りなさいませ、マデリーン様」


 ちょうど部屋の近くにいたらしいトレサが、礼をして迎えた。だが返事をする気力すらあまり残っていない。

 マデリーンは、いつもの通り部屋に入ると鍵を掛けた。

 ようやく静かな部屋で一人になると、一気に脱力する。


「あーもうっ! おなかすいたっ!」


 声を出すと、長椅子に倒れ込む。


「あの騎士たちしつこすぎるのよ」


 確かにマデリーンは怪しい。だが証拠もないのに、あそこまで決めつけてくるのはいかがなものかと思う。


「お昼のニナ鶏と芋のスープ、美味しそうだったのに」


 夕食も終わっているこの時間では、残っていないかもしれない。マデリーンとして何か用意しろと命ずることもできるが、もはやそれさえも面倒だった。

 寝転がった体勢で、マデリーンは懐からある物を引っ張り出す。


「まさか陛下が持っているなんて、思わなかった」


 それはマドカがヴィンセントと交換した守りだ。部屋の明かりに照らされて、羽がきらきらと光っている。

 マドカとして貰った物だが、なんとなく身につけていたくて、マデリーンの時も持ち歩いていた。

 何度も傾けてはきらきら光らせていると、なんだか心が温かくなっていく。


「よしっ、着替えてすっきりしようか」


 ゆっくり起き上がると、洗面台へと向かう。着ていたドレスを乱雑に脱ぎ捨て、少し考えて部屋着に着替える。

 着けていた宝飾を外し、化粧を落として顔を洗っていく。

 化粧水を目一杯浸した薄布を落ちないように頬に押し当てる。冷たい液体が肌に染み込んでいくようでとても心地よい。この化粧を落として肌の手入れをしている時が、心まですっきりして本当に好きだ。


 すこしほっとしたせいか、腹が空腹を訴えて鳴り始めた。


「うーん、このままじゃお腹すいて寝られない」


 仕方ない、マドカとして外に出て食事を頼もう。マデリーンが我儘を言っているという体で頼んで、なんとかしてもらえばいい。


 素顔になった状態で化粧部屋から出ると、マドカは戸の向こうに敢えて聞こえるように声を張り上げた。


「いったいなにをやっているのマドカ! わかっているでしょう!」


 さらに数拍置いて、今度はマドカが受け応えているように返す。


「お待ちくださいマデリーン様、今行ってきます」


 どうせ今日は誰かしら外で様子を窺っているに違いないから、二人とも部屋にいるように振る舞っておいたほうがいい。


「これでよし」


 あとはマドカとして駄目もとでも食事を貰いに行けばいい。

 顔を洗うときに纏めた髪をいちど解き、しっかりと結い直そうとしたときだ。

 真っ直ぐに見据える蒼い瞳と、しっかりはっきり目が合った。


「え……?」


 呼吸が止まるかと思った。

 さっき倒れ込んでいた長椅子に、ヴィンセントが肘を付いた姿勢で腰掛けている。


「なるほど」


「ヴィヴィ、ヴィンセント陛下っ」


「そういう絡繰りなら、マデリーンが部屋にいるはずがないな」


 バレた!


 マドカは顔色を変えてその場に立ち尽くした。

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