第13話 騎士からの詰問

 ヴィンセントがローレンスに向かって確かめる。


「そもそも二人揃ってマデリーンになんの用件があった」

「先日の事件について、お話をお聞きしたいと思っておりました。可能性、という意味ではマデリーン様も同列ですので」


 もしかしなくとも、ヴィンセントに言われた裏切りという言葉を気にしているのか。でも確かにマデリーンほど怪しい者はいない。


 とにかく、急いで部屋に戻ってマデリーンの装いに着替え、それからしれっとした顔でマデリーンとして出てくるしかない。

 騎士の尋問になるかもしれないが、このまま行方不明ではどんどん立場が悪くなる。


「魔術院に行っているんだと思います」


 執務室に、さらに別の声がはっきりと響いた。

 その場の視線が一斉に動く。そこには書類を持ったディアンが立っていた。


「魔術院? 東の胡散臭い連中か」


 やはり騎士であるグラントは魔術院に良い印象を持っていないらしく、眉を寄せた。ローレンスのほうは、確かに心当たりがあるとばかりに頷く。


「すぐに確かめましょう、支援の件もなにか分かるかもしれません」


 そう言うと、ローレンスとグラントは、ヴィンセントに礼をして出て行ってしまった。魔術院に向かったのだろう。

 これは時間が稼げたから、急げばなんとかなるかもしれない。マドカはいったん胸を撫で下ろす。だがヴィンセントとディアンの会話は続いている。


「ディアン、マデリーンの魔術院への支援、どこまで把握しているか」

「逆に、王は何故ご存知ないのでしょう」


 ディアンは首を傾げて言い返している。煽るような彼の口調に、マドカは少しはらはらしながらも少しずつ執務室の出口へと向かった。


「なんだと?」

「貴方の父上のためでしょう」


 ディアンの言葉に、マドカはぴたりと足を止めた。ぎしぎしと音がしそうな動きで、向かい合ったディアンとヴィンセントを見る。


「魔術院は、ヴィクトル陛下が患っていた病の研究を長年していました」

「父上の病を? 待ってくれディアン、その話もっと詳しく聞かせてくれ」


 ディアンはまるで用意していたかのように、すらすらと説明する。


「治療は出来ませんでしたが、痛みの緩和など、生活には多大に貢献しました。その報奨もあって、今でも支援を継続しています」


 確かにそれは大きな理由だった。ヴィクトルの治療、化粧品、ラガラの栽培など魔術院には様々な感謝がある。

 嫌われ者同士ということもあり、魔術院はマデリーンに対しても差別意識がなく、相談がしやすかった。


「父上は、そこまで難病だったのか」

「聖女を帰すために、鍵の力を再び使ったんですよ」

「ッ!」


 ディアンの言葉に、ヴィンセントもマドカも動きを止めた。確かにマデリーンとして、鍵の話が外に漏れているという話はした。

 しかしディアンがそれを知っているということは、マデリーンも知らない。

 ヴィンセントは口元を手で覆って視線を泳がせている。


「俺は父上が亡くなった日、国境近くに視察に行っていた。帰ってきた時には手遅れだったと聞いただけだ。病だったとは聞いていたが」


 そこでディアンが一歩踏み出した。マドカが止める暇はなく、そのままヴィンセントへと距離を詰める。


「そうです、貴方が話を聞かなかったから、あの日陛下は、三度目の鍵を使おうとしたんだ」


「だめ、ディアン! 誰に対して言っているかちゃんと見て」


 王であるヴィンセントに掴みかかるなど許されない。マドカは悲鳴のように声を出した。しかしディアンもそこまで冷静を欠いているわけじゃない。

 呆然としているヴィンセントのすぐ手前で止まると、ゆっくりと振り返った。


「戻りなよマドカ、マデリーン様を支えるのか君の役目だろ」


 早く行けと合図をしたディアンの視線は、正気を保っている。

 マドカはその場で一礼して、なにも言わずに執務室から出た。


 足早にマデリーンの部屋へと向かう。この際ディアンがどこまで知っているかは後回しだ。

 今マデリーンがいないと、襲撃事件のことだって黒いまま王宮に澱むことになる。

 普段以上に多い騎士の目を掻い潜り、なんとかマデリーンの部屋まで戻ると、まず扉に鍵をかける。


 それからマドカは急いで着替えを始めた。結っていた髪を解き、さらに巻きながら化粧を始める。


「落ち着いて、魔術院ならしばらく誤魔化すはず、まだ時間はあるから」


 化粧をする間も、ディアンの言葉はぐるぐると頭の中を回る。

 ディアンはああ言ったが、ヴィンセントになんら咎はない。力を持っていても使ってはならない、ヴィクトルだって分かっていたから伝えなかった。


 そうよわたしが悪いのよ、全部わたしが悪いんだ。わたしが、ヴィクトル陛下を……。


 マデリーンなのかマドカなのかわからない己が、そう言いながら棘を刺すように責めていた。



 マデリーンの支度が終わったのと、騎士が再び部屋を訪れたのは同時くらいだった。


「まあ、揃って怖い顔をして、なんの御用かしら?」


 探していたことなんてなにも知らない、とばかりの余裕を見せて首を傾げるマデリーンに、グラントは嫌悪の表情をあからさまにぶつけた。


「魔女め、なにを企んでいるか聞かせてもらうぞ」


 マデリーンにだけ聞こえるように言い放つ。そのままグラントと騎士によって、王宮の一部屋に連れて行かれた。


 そこから強い口調での詰問が始まった。言葉は丁寧なものだったが、騎士たちはマデリーンが碌な者ではないと決めつけて話していく。

 一応元王妃ということもあり、扱いは丁寧だが、詰問はなかなか終わらない。


「許可証のない商人の出入りもあったそうですが、なにを購入したでしょうか」

「それは知らないわ、そんな商人会ってもいないし」


 知らないことまで、すべてマデリーンに繋げてくる。本当に知らないと答えても、知らぬふりをしているように受け取られているのは明らかだ。


 さすがのマデリーンも、心身ともに疲弊していく。

 なにせ昼食だって食べていない。


「グラント侯、なにか進捗はありましたか?」

「ローレンス殿、それにヴィンセント陛下まで、わざわざお越しいただかなくとも」


 入って来たのはローレンスを伴ったヴィンセントだった。終わるどころか詰問する人数が増えている。

 状況はマデリーンに不利になっていく。さすかに王であるヴィンセントが疑えば、やってなくとも裁かれてしまう。


「魔術院との繋がりなど、振る舞いに不審な点が多く、時間はかかるかと」

「グラント侯、あくまで今回調べているのは襲撃者の件です」

「それに魔術院の件は、こちらでおおよそ調べがついた」


 そういえば、支援金の見直しをすると、ヴィンセントから言われていた。経緯はさっきディアンが話してしまった。


「魔術院には、水に関しての研究が多い」

「植物の栽培や、低刺激の化粧品、医薬品など、すぐれた浄化を必要としたものです」

「どれも魔術院とマデリーンの功績だ」

「功績ですって?」


 グラントは驚きを露わにして繰り返した。

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