8話

 …それにしても、用意周到しすぎやしないか。疑念が浮かんで、思わず下を向いてしんなことを考えていた次の瞬間だった。突然、背後から肩を叩かれる感覚があったのである。驚いて振り向くとそこには見知らぬ男が立っていたのだ。


「よう」


 馴れ馴れしく声をかけてくる男に不信感を抱きつつも無視を決め込むことにする事にしたのだ。しかし男はしつこく話しかけてくるので仕方なく相手をしてやることにしたのである。


「何か用ですか?」


そう聞くと男はニヤリと笑って答えたのだった。


 「お前、まだあいつと関わってんのか。やめとけ」


 そう言ってナイフを取り出すなり襲いかかってきたのだ。咄嵯に身をかわしたもののバランスを崩してしまいその場に倒れ込む事になってしまった。

 すかさず馬乗りになってきた男から逃れようと必死に抵抗するものの、力の差がありすぎて抜け出すことができないのだ。それでもなんとか身を捩らせて逃げ出そうと試みるものの無駄に終わった挙句に捕まってしまう始末。


 「ぐっ……!」


「…これ以上、この世界に足を踏み入れてくるな」


 首を絞められてしまい呼吸が困難になっていく中、薄れゆく意識の中で最後に見たのは悲し気な表情をした椹木の顔だった─そこで目が覚めたのだった。



 どうやら夢を見ていたらしい。それにしてもリアルな夢だったな……そう思いながら起き上がると時計を確認することにした。時刻は朝の6時30分くらいを差す。

 まだ眠い目をこすりながら起き上がると大きく伸びをすると同時に欠伸をしたのだった。そしていつもの日常の様に何気なくテレビをつけてみるとニュースが流れていた。

 どうやら通り魔による殺傷事件が起きたようだ。被害者は10代の女性らしいのだが、顔写真を見るとどこかで見た事があるような気がしたのだ。しかしどこで会ったのかまでは思い出せない。何か、胸に引っかかるものがある。


 まぁいいかと思い直し朝食の準備をしようとキッチンに向かうことにしたのだが、その時ふとある事に気が付いた。テーブルの上に置いてあるはずの携帯電話がない。

 そこで初めて自分が置き忘れたことに気付いたのだ。慌てて部屋に戻ってみるとベッドの上に転がっているのを発見したものの着信履歴がたくさん入っているのを見て驚いた。こんなこと滅多にないものだから。


 不審に思いながらも電話に出てみると聞き覚えのある声が聞こえてきたのである。それは間違いなく三上さんのものだった。「おはよう渡くん」と挨拶してくる彼女に戸惑いながらも言葉を返すことにするのだった。


「……おはようございます」


「大変だったね、渡くん。落ち着いて聞いてほしいんだけど」


 と言うと彼女は少し間を置いてから再び話し始めたのだ。

 その内容を聞いた時、僕は思わず固まってしまうことになる。


「…昨日、月見さんがね…病院に搬送されたらしいわよ。」


「は?」


 僕は手にしていた携帯を滑り落としそうになった。

なんと今日の朝見たニュースの女性の被害者は月見さんだったのだ。

 しかも彼女が襲われた場所は僕の家のすぐ近くだったらしい。それを聞いて血の気が引いていくのを感じた。思わず、僕は吐き気を催しそうになった。上手く声が出ない。


 そんな僕の様子を察してか三上さんは電話越しに心配そうに声を掛けてくるのだった。しかし今の僕にはそれに応えるだけの余裕はなかった。


「渡くん、まさかとは思うけど。復讐なんてしな─」


 目の前が暗く染まっていく。そのうち、僕は無意識に電話を手放して外へ出ていた。着替えもせず、ただ部屋着のまま、あの廃ビルの”屋上”へと向かって。




 



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