6話

 風を切る音と共に景色が流れて行く。しばらく走った後、辿り着いた先は小さなカフェのような場所だった。店内に入るとコーヒーの良い香りに包まれると同時に落ち着いた雰囲気に心が安らいだ気がした。少しは気休めになるだろう。


 席に着くと女性が口を開いたのである。


「改めて自己紹介させてもらうね、私は三上美紀みかみみき。巡査部長を務めています。」


 そう言いながら彼女は微笑んだ。その表情からは親しみやすさを感じることができるだろう。僕もつられて笑顔を浮かべてしまうほどだった。


「よろしくお願いします、三上さん」


 と軽く会釈をする。すると相手は驚いたような表情を浮かべた後に笑い始めたのである。そして僕の頭を撫で始めたのだ。突然のことに困惑しつつもされるがままになっていると、やがて満足したのか手を離したのだった。


「ごめんごめん、つい可愛くてさ。弟見てるみたいで」


「ぇ、あ…はい。」


 そう言って笑う彼女を見ていると不思議と嫌な気分にはならなかった。むしろどこか懐かしい感じがしていた。ていうか、こんな美しいお姉さんに頭撫でられる機会なんてそうそうない。覚えておこう、この感覚…。


「あの……三上さんはどうしてここに?」


 そう聞くと彼女は真剣な表情になった。そして静かに語り始める。

 それは衝撃的な内容だった─。


「実は私はね、今潜入捜査官やってるの」


 そう、彼女は言ったのである。僕は思わず言葉を失ってしまった。まさかこんな所で出会うとは思ってもみなかったからだ。


「それでね、最近この辺りで連続殺人が起きているらしいの」


 と続ける彼女の言葉を聞いて嫌な予感が頭をよぎった。まさかとは思うがその予感はすぐに的中してしまう事になるのだった。


「…最近、無差別に10代の男女が殺されているのよ。」


「それって、最近話題になってる”死神”のことですか?」


彼女は溜息をつくと、額に手を寄せる。


「察しがいいわね。そう、その死神と呼ばれる連続殺人鬼を今追いかけているのよ」


 その言葉に僕は思わず息を飲む。まさかこんな所でそんな事件が起こっているとは思わなかったからだ。しかしそれと同時にある疑問が浮かんだのである。


「でもなんで、僕なんかに教えてくれたんですか?」


 すると彼女は苦笑いを浮かべて言ったのだ。


「まぁ……ちょっと色々あってね」


 と言葉を濁されてしまったものの、それ以上追及する気にはなれなかった。


 「それで?君は何故ここに?」と聞かれたので素直に答えることにした。


「実は友人が─月見さんが死を望んでいるんです。僕を救う為に……」


 そこまで言うと、三上さんは何かを察したように頷いた。


「なるほどね……そういうことだったのか」


 そしてしばらく考え込んだ後、口を開いたのだ。



「とりあえず今日はもう帰りなさい。詳しい話は明日話す。」



 そう言われて時計を見ると既に21時を過ぎていたのだ。さすがにこれ以上お邪魔するわけにもいかないだろうと思い、帰ることにした。帰り際、彼女の連絡先を貰って。学校は、明日休もう。月見さんの、あんな様子見ちゃったわけだし…。



 翌日─僕は指定された場所へと向かうことにしたのだった。そこは人気のない路地裏にある小さな喫茶店だった。ドアを開けるとカランコロンという音と共に来客を知らせるベルが鳴る。店内を見渡すとカウンター席に三上さんの姿があった。

「よっ」と手を上げてくる彼女に会釈をしながら隣に座ることにする。


 席に着くとコーヒーを注文することにした。しばらくすると湯気の立ち上るカップが置かれ、それを手に取ると一口飲んでみることにしてみたのである。苦味の中にほのかな酸味を感じる味わいはとても美味しかったため思わず感動してしまったほどだった。「美味しいです!」と言うと彼女は嬉しそうに微笑んだ後で口を開いたのだった。


「……ところで渡君はどこまで知っているの?」


 その問いかけに一瞬戸惑ってしまうものの素直に答えることにしたのである。月見さんが死を望んでいること。そして、彼女が”椹木”との接触を試みていること。

条件として、一度自死を選ぶために屋上へ向かった人間は椹木には会えないという事。


「なるほど……よく調べたね」


 と彼女は感心したように言った後で、さらに続けた。


「…じゃあ、彼女に囮になって貰うほかないわね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る