5話

 その瞬間、彼女は自分の腹部へとナイフを突き立てたのだった。鮮血が飛び散り彼女の制服を赤く染め上げる。その光景を見た瞬間、僕は言葉を失ってしまった。


「月見さん!」


 美姫が泣きながら駆け寄ってくるが、彼女はその場に倒れ込んでしまう。そしてそのまま意識を失ってしまったようだった。



 椹木は舌打ちをした後、倒れている月見さんの元へと駆け寄ると乱暴に担ぎ上げた。そしてそのまま立ち去ろうとする。僕は慌てて痛む体を起き上がらせて、追いかけようとするものの、美姫が腕を掴んできて引き止めてくる。


「離せ、このままじゃ月見さんが!」


 必死に抵抗するもびくともしない。それどころか彼女は涙を浮かべながら訴えかけてきたのである。


「やだ!渡まで死ぬなんてやだ!」


「僕は死なない!離せ春風」


 強い力で腕を振りほどく。あまり、女の子を泣かせるのは好きじゃないが事態が事態なのだ。若干体は痛むが、完全に動けないわけではない。なら、せめて少しだけでも事態をよくするためにも仕方がない行動だ。そうすると、美姫は膝から崩れ落ちてへたりこんでしまった。

慰めたいところだが、今は男を追うのが先だ。


「美姫……すぐ戻るから!」


 僕は全速力で走り出した。そしてそのまま男を追って廃ビルの中に飛び込んだのだった。階段を駆け上がり屋上へと向かう。相変わらず脇腹は痛むが、仕方ない。するとそこには既に椹木が待ち受けていた。


「来れたのか…すげえな。」


 そう言って彼はナイフを構えた。僕もまた拳を構えると睨み合う形になったのである。先に仕掛けたのは相手の方だった。素早い動きで距離を詰めてくると、僕の顔面目掛けて蹴りを放ってくる。咄嵯に腕でガードしたものの衝撃で後ろに吹き飛ばされた。


 「くそっ……」

 

なんとか立ち上がるものの、既に相手は次の攻撃を仕掛ける準備をしていた。今度は連続で拳を打ち込んでくる。それをギリギリで避け続けるものの反撃のチャンスが全くなかった。このままだと本当に殺されてしまう─そう思った瞬間だった。相手の動きが一瞬止まったのだ。その隙を狙って僕は渾身の力で拳を突き出したのである。


 しかしそれは空を切るだけだった。椹木は僕の攻撃を読んでいたかのように避けるとそのまま足払いを仕掛けてきたのだ。バランスを崩した僕は地面に倒れ込んでしまい身動きが取れなくなってしまう。そんな僕の上に馬乗りになった椹木はナイフを振りかざしてきた。


「これで終わりだ、二度とこんな危ない真似はするんじゃねえぞ」


  そのまま勢いよく彼は振り下ろしてきたのだ。僕は死を覚悟した瞬間だった。

突然、椹木の背後から声が聞こえてきた。


「おいおい、何してんだお前?」


その声を聞いた瞬間、椹木の動きが止まったように見えた。そしてゆっくりと背後を振り返る。そこには一人の女性の姿が立っていた。長い黒髪にレザージャケットを羽織った、スタイルの良い美しい女性。


「お前は……」


 椹木は驚いたような表情を浮かべるとその場に固まってしまったようだった。だれかが、この事態を把握して助けを呼んでくれたんだろうか。だとしたら有難い。



「…一般の子どもを巻き込むのはやめろって言ったよな」


「…俺を遊び半分で試す、こいつらに説教してたとこだったんだが」


 椹木はキッと女性を睨む。それも気にせず、女性は呆れたように椹木に言葉を返した。


「はぁ……だから言ったろ、一般人を巻き込むなって」


「うるせぇ!俺はただ……」


 椹木はそこまで言いかけて口をつぐんでしまう。女性はため息をつくと僕の方へ視線を向けた。そしてそのまま近づいてくると手を差し伸べてきてくれた。


「大丈夫か?」


 僕は戸惑いながらもその手を取って立ち上がった。すると彼女は僕の顔をじっと見つめてきたのだ。


「お前……もしかして渡?」


 突然名前を呼ばれて動揺してしまう。何故この人は僕のことを知ってるんだろう?そんな疑問を抱きつつもなんとか言葉を返すことができた。



「そ、そうですけど……」


それを聞いた途端、彼女の顔色が変わっていくのが分かった。そして僕の肩を掴むと揺さぶってきたのである。


「おい!まさかお前が月見を殺ったんじゃないだろうな!?」


 あまりの迫力に圧倒されてしまうものの、なんとか誤解を解くことができたようだ。彼女は安心したように息をつくとその場に座り込んでしまった。どうやらかなり疲れている様子である。気がつくと、椹木も姿を消していた。いつの間に…。


「……とりあえず場所を変えようか」


 そう言って女性は立ち上がると歩き出したのだ。僕も慌てて後を追うことにしたのだった。しばらく歩くうちに廃ビルの前にある駐車場へと辿り着く。そこには一台のバイクが停められていた。黒く銀の髑髏のステッカーの張られたいかつい大型二輪。


そんな彼女に促されるままに乗り込むと、彼女はエンジンをかけたのである。そしてそのまま発進させた。

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