4話
月見さんは何かを覚悟したような真剣な表情で僕に言った。鋭くまっすぐなその視線は僕の胸を貫くようだった。
「だから、私が代わりに死のうと思って」
「月見さんも何言ってんの!?」
美姫がキッと、涙目で月見さんを睨む。しかし月見さんは、そのことに対して全く
気にする素振りも見せない。
あまりにも衝撃的な発言に一瞬思考回路が停止した。そんな事できるはずがない─そう言おうとした時だった。彼女は突然立ち上がるとゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。そしてそのまま僕を押し倒したかと思うと馬乗りになってきたのだ。
「なっ!何するんだよ月見さん!?」
「離れなさいよ!」
突然のことに驚きながらも必死に抵抗するも全く歯が立たない。それどころかさらに体重をかけてくる始末だ。このままでは窒息してしまうだろうと思い始めた時、ようやく解放されたのだった。
「だから!一度死のうとした人間の元には!椹木は現れないの!」
「えっ!?」
「あいつにあった人なんてそんなに居ないし、頼れるのは木橋君しかいないの」
頬を膨らませる彼女の言葉に、僕は唖然とした。
「そんな無茶な……」
「そうよ。なんで、渡を巻き込む必要があるの!?」
しかし彼女は真剣な眼差しで見つめてくる。その瞳には決意のようなものが見えた気がした。
「お願い、私を信じて」
そんな目で見られたら断ることなんてできないじゃないか。僕は仕方なく承諾したのだった。すると彼女は嬉しそうに微笑んだ後、屋上のフェンスへと手をかけた。そしてそのまま乗り越えようとするので慌てて止めに入る。
「月見さん!?」
「…っらち開かないから、先生呼んでくる。」
美姫は、そういって屋上から出て行ってしまった。ここにはもう僕と、月見さんの二人しかいない。しかし、どうやって止めればよいのだろう。僕も一度、死のうとした身止められることが自死を選ぶ人間にとっていかにして苦しい事かを理解できるから、なおさら悩むばかりだ。
だが彼女は全く聞く耳を持たずにどんどんと進んでいく。そしてついにはフェンス乗り越えてしまったのだった。その瞬間、僕の心臓は大きく高鳴った。脳内で警鐘が嫌に響き渡る。仕方ない、僕も彼女を止めるために─。
そう、駆けだそうとした瞬間だった。
「ったく…今の若い衆はどうなってやがんだ」
どこからか、低く冷たい男の声が響いてくる。咄嗟に前を向くと、鋭い目つきの男が現れていた。無精ひげに、咥えたばこ。間違いないあいつが─。椹木だ。
「椹木!?」
「…何で俺の名を…」
目を見開いた椹木は、僕を見つめている。そのうち、椹木は表情を戻し月見さんの方を指さした。
「おい、あのガキはどうした?」
「さぁな…知らない。急にアイツが勝手に死のうとしてるから見てるだけ」
月見さんのことを聞いてくるが僕は白々しく答えてみせた。
それを聞いた途端、彼は怒り狂ったように怒鳴る。
「止めてやれよ!見てんだったら!」
その怒号に思わず身じろぐもなんとか堪えることができた。しかし次の瞬間には僕の胸ぐら掴まれそしてそのままフェンスへと叩きつけられてしまった。背中への衝撃と共に肺の中の空気が一気に吐き出される。想定外の痛みだった。てか何で僕が、こんな目に遭ってるんだ。なぜ?
「ぐぁっ!」
思わず呻くものの、彼は手を休める事はしなかった。そのままフェンス越しに僕の首を絞め上げてくる。あまりの苦しさに意識が飛びそうになる中、僕は必死に抵抗しようと試みるも全く歯が立たない。
「ゔっ……!」
声を出す事すら出来ずにいると突然解放される。咳き込みながら地面に倒れ込み息を整えようとするが上手くいかない。そんな僕を見下ろすようにして立つ椹木の表情は怒りに満ちていた。
月見さんは、物音に気がついたのか振り返って僕たちの方を見つめていた。青ざめた表情で、此方の様子を伺っているようにも思えた。
「…こいつがどうなってもいいのか」
そう言いながら彼は懐からナイフを取り出したのだった。そしてゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。絶体絶命の状況の中、僕は必死に打開策を考えていた。
バタン!
屋上の扉が開くと、其処には息を切らした美姫が立っている。
「っ…はあ、っ…嫌な予感がしたから戻ってきちゃったけど…っ当たってた…」
しかし何も思いつかないままとうとう目の前まで迫ってきてしまったナイフは避けようがない。 痛み故に、体が上手く動かない。ああ、今ここで僕は死ぬんだ。
「お前のせいで、こいつが死ぬんだ。馬鹿みてぇだな」
そう吐き捨てて僕の首に向かって刃物が振り下ろされる瞬間─僕は目を閉じた。
齢17歳、だったけど…もう、勝てる気がしない。諦めよう。
「春風さん!」
彼女は美姫の手を引いて屋上から脱出しようとするが、美姫は立ち竦んでしまったのか、荒れた呼吸音が響き渡っている。
「ダメ…!」
泣き叫ぶような声に思わず目を開けた。そこで目にしたのは振り下ろされたナイフを素手で握りしめている月見さんの姿だった。
「月見さ─」
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