3話


「…ねえ木橋君ってさ、”椹木”って人に会ったでしょ?」



 何でそのことを…確かに前の廃墟ビルの屋上で、死のうとしたことをなぜ彼女が知っているのか。  

 銃で撃たれそうになった僕の事を、何故。一瞬にして血の気が引く。


「月見さん…見てたの…?」


「えっ、なにどういう事?」


美姫が驚いた顔で、僕を見つめている。


彼女は僕の言葉を遮るように話を続けた。


「そういう反応をするってことは、やっぱ会ったんだねアイツに。」


 悲しげな表情を浮かべた月見さんは、何かに思い耽るかのように僕から目を逸らした。


「あの、月見さん。教えてください」


 僕は思い切って彼女に聞いてみた。”あいつ”の事を知っているなら教えてほしい。

すると彼女はゆっくりと語り始めたのだった。



「…知らない?廃ビルの屋上に現れる死神の逸話。」



「は?」


 突拍子もない声が出た。死神?なんだそれは。もしかして、彼女中二病なのかな?

僕が悶々と考えている間、申し訳なさそうに美姫が口を開く。



「その……渡は知らなかっただろうけど、話題になってたんだよ。」


 美姫も真剣な眼差しでそう言ってくる。しかし僕は意味が理解できなかった。



「SNSで話題になってんの、ここの地域の廃ビルの屋上に死神って言われる存在が

出現して、自殺しようとしている子供の魂を連れて行くんだって」



 脳裏に、過去の記憶が駆け巡る。銃…鼻腔をくすぐる硝煙の香り。

煙草の煙とあいまった、あの男。暗くて顔は見えなかったが…。

 しばし考え込んでいると、月見さんが話し出した。


「名前を椹木、っていうらしいんだけど」


 その名前を聞いた瞬間、僕は背筋が凍りついたような感覚に襲われた。

まさか─あいつ…が、オカルト的存在…だったのか?


「あの……もしかして月見さんも会ったんですか?」


 恐る恐る聞いてみると彼女は小さく首を縦に振ったのだった。その瞬間、僕の脳内では警鐘が鳴り響いていた。このままではまずい。


「それでさ渡君……」


 僕が立ち上がろうとすると、彼女の声がそれを遮った。まるで逃さないとでも言うように腕を掴んできたのだ。その顔は真剣そのもので思わず息を呑んでしまう。


「……なんですか?」


なんとか声を絞り出して聞き返すと、彼女は大きく深呼吸をしてから口を開いた。


「そういうってことは、一度死のうとしたって事だよね」


 図星だった。美姫や先生に言われるならまだしも、この人には隠し通せるはずがないだろうと思い素直に答えることにした。真剣そのものの彼女の目に僕は負けたのだ。美姫は、驚いて僕を見つめている。気まずい空間が、流れていく。



「……はい」


 すると月見さんはは悲しげに目を伏せてしまった。その隣で聞いていた美姫は、意を決したように僕の肩を揺さぶって話しかけてくる。切羽詰まった表情だった。



「どうしてなの?なんで、なんで死のうと思ったの!?」



 美姫の目には涙が浮かんでいた。何故この人はこんなにも悲しそうな顔をするのだろう。まるで自分のことのように悲しむ。たかが一端の同じクラスメイトの僕に。


「ごめんなさい…」


  俯きながら言葉を紡ごうとすると、月見さんは僕の顔に手を当ててきた。柔らかな手から伝わる温度は嫌に冷えていた。そうしながら真っ直ぐに見つめてくるのだった。その瞳には怒りも含まれているように見える。


「どうしてなの?答えてよ」


 そんな強い口調で言われてしまえば、もう何も言えなかった。ただ黙って俯く事しかできなかった。僕は、死ぬ理由を人に堂々と言えるほど強い人間じゃない。隠し通したくて、たまらない。だからずっと黙ってるほか無かった。

 すると月見さんはは小さくため息をついて言った。


「……わかった、じゃあこうしよ?私が渡君の代わりになるから」


何を言い出すんだ彼女は。僕の代わりになる?どういうことだよ。


「…私、どうしても”椹木”って奴に会わなきゃいけないの」

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