第二百話 そのままの君でいて
「陽平くん、力持ちですね……でも、疲れたらいつでも言ってください。すぐに下りますから」
「いや、大丈夫。これくらいならもう少し歩けるよ」
「そうなのですか? それでは、遠慮なく」
そう言って、ひめは俺の首元に回した手にぎゅっと力を入れた。
相変わらず、小さな女の子である……触れている部分全てのパーツがミニサイズだ。
でも、ひめはなんだかんだ抱っこするには年齢が少しお姉さんである。
今の体重でも、長時間抱えて歩くことは難しいだろう。
「もう少し大きくなったら、こうやって歩くことはできないかもなぁ。ひめ、成長期だし」
そう呟くと、ひめは小さく頷いた。
「順調に成長していますからね。身長も伸びています」
「うん、そうだね」
今でも十分、綺麗な顔立ちなのだが。
しかし、年齢が八歳ということもあって、まだひめは幼くて愛らしい印象が強い。美人というよりは、かわいらしいという表現の方が適切なのだ。
とはいえ、それも今だけだろう。
五年後……いや、もしかしたら小学校高学年の年齢になれば、あるいは美人と呼ばれてもおかしくない見た目に育つかもしれない。
身長だって、どんどん大きくなるだろう。
そう考えると、少し寂しさも感じた。こうやって抱えて歩けるのも、今だけだろうなぁ……と。
「なので、今のうちに楽しんでおきたいと思います」
そう言いながら、ひめは俺のほっぺたをちょこんとつついた。イタズラのつもりなのか、くすぐったい。
「陽平くんと同じ目線の高さになれるのも、今だけですね」
「まぁ、そんなに身長は大きくないけどね」
いたって平凡な人間なのだ。身長も平均的なので、決して背が高い人間ではない。
でも、ひめは首を横に振った。
「わたしにとっては十分、大きいですよ。少しだけ、怖いなぁと思う程度には」
「怖いの? だったら……」
そういえばひめは高いところがあまり得意じゃないと言っていた気がする。
この前おんぶした時も、少し怖いと言っていたことを思い出した。それなら、下りてもらった方がいいのかな……なんて、一瞬思ったのだが。
「でも、陽平くんが抱えてくれているから今は大丈夫です。これ以上に安心できる理由はありません」
俺のことを信頼してくれている。
むしろ、下りたくないと言わんばかりである。なんだかんだ、ひめも抱っこされることを楽しんでいるみたいだった。
それなら良かった。
俺も、こうやってひめに頼られるのはとても嬉しい。何も特徴のない平凡な人間だけど、こんなに小さな子を抱えることくらいはできるから。
だけど、やっぱりそれは今だけだろう。
数年後にはもっと大きくなって、俺の助けなんて必要のない、自立した立派な女性へとひめは成長していくはずだ。
どうやって成長していくのか、ひめが大きくなった姿が楽しみではある。
だけど、少しだけ……ほんのわずかだが、やっぱりこんなことを思ってしまう自分もいた。
(もう少しだけ、そのままでも……なんて思うのは、わがままだよなぁ)
今のまま、小さな少女でいてほしい。
そう思ってしまうわがまま自分もいたのだが、その感情は心の奥底に押し込んだ。
やっぱり、自分に自信がないせいなのだろう。
何も特別性のない平凡な人間だからこそ、ひめが成長した時に俺のことを必要してくれるかどうか、自信が持てない。
だから、今のままでいてほしいと考えてしまうのだ。
しかしこの思考は、決していいものではない。
(大きくなっても、ひめは『ひめ』だ)
どんなに変化しても、彼女は『ひめ』なのである。
だから、たとえ大きくなった時に俺が必要とされなくなったとしても……それはひめが判断したことなのだ。
その時がくれば、ちゃんと受け止めればいい。
でも、その時が来るまでは……ひめがこうやって甘えてくれている内は、ちゃんと寄り添ってあげよう。
そんなことを、彼女を抱っこしながら考えるのだった――。
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いつもお読みくださりありがとうございます!
書籍の発売まであと5日となりました!
web版をお読みの方にも楽しんでいただけるよう、一から全て書き下ろしております。
キャラクターは一緒ですが、展開は全く違う作品になりました!
ぜひぜひ、書籍の方もよろしくお願いします~m(__)m
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