第百九十九話 宝の持ち腐れ
足を止めたひめが、万歳するように両手を上げた。抱っこをせがむ子供のポーズである。
えっと、急にどうしたのだろう?
ひめの様子が少し変だったので、俺も足を止めた。
「まぁ、いいんだけど……おいで」
抱っこすることは別に構わない。
なので、とりあえず事情を聞く前にひめをひょいっと抱えた。腕でふとももの下に回すと、そこに座るようにひめが体重をかけてくる。
この前も抱っこしたので、ひめの体重は把握している。
それからひめも、この前の経験があるからか抱っこされることに慣れたようだ。前回は体重のことを気にしていたが、今回は大丈夫らしい。
そのまま、肩を組むように俺の首元に手を回してくれたので、バランスも丁度良かった。
そのころになると、先行して歩いていた聖さんとの距離が少し離れたので、慌ててこちらも歩き出した。とはいえ追いつかない程度のペースである。
なので、聖さんはまだこちらを振り返っていない。当然ひめが抱っこされていることも分かっていないだろう。
「あちゅいよ~。アイス食べたーい。ゴロゴロ昼寝したーい。お家帰りたい~。ぁああああああああ」
夏の暑さにぶーぶーと愚痴をこぼすのに忙しいようだ。
そんな聖さんの様子を見ながら、ひめが耳元で小さく囁いた。
「お姉ちゃんにバレないように……小さな声で、お願いします」
やっぱり。なんとなく、ひめが聖さんを気にしているように見えたので、少し様子を見ていたのである。予想が当たって良かった。
「どうかしたの?」
「実は、疲れちゃいました」
「疲れただけならいいんだけど……体調不良とかではない?」
「それは大丈夫です。体調が悪いのではなく、単純に体力がないだけです」
実はそこが一番気になっていた。急に様子が変わったので、体調に変化があったのかと心配だったのである。
ひとまずそれは大丈夫のようなので、安心した。
「ただ、お姉ちゃんに偉そうなことを言っている手前、休みたいとは言えなくて……陽平くんに甘えることにしました」
「なるほど」
今日のひめは鬼コーチである。
聖さんのダイエットを指導する立場にいるのだが、当の本人は体力の少ない八歳の少女なのだ。こうなるのも無理はない。
「お姉ちゃんは気付いていないと思うのですが、実はわたしも運動不足です」
「俺も含めて、みんな運動不足か……」
「インドアですからね。むしろ、お姉ちゃんのほうが実は運動できると思います」
「そうなの?」
「体育の成績が優秀なんですよ。中学時代は幾つかの部活動から声がかかっていたみたいですけど、本人がナマケモノさんなので全部断っていました」
才能、なのだろうか。
聖さん、運動神経がかなりいいらしい。しかし本人の性格上、それが活かされることはなかったみたいだ。
「宝の持ち腐れですね」
「ハッキリ言うなぁ」
「お姉ちゃんの一番嫌いな言葉は『努力』です。運動には適していません」
「……分からなくもないけど」
「根性論の時代ではありませんからね。ただ、あの運動能力で、あの食欲は素晴らしい才能だと思います。あれだけ食べてもこの程度の体重増加で収まってますし、代謝もいい上に食の才能もあるので、運動方面に進んでいたお姉ちゃんを見てみたかったのですが」
そういえば、ネットの記事でプロスポーツ選手は『食べる才能も必要』と見たことがある。強い体を作るには、たくさんのエネルギーが必要らしい。しかしスポーツ選手なので練習の運動量も多く、体を作る分のエネルギーが足りなくなるようなのだ。
高校球児が瘦せすぎているのはそのせいらしい。強豪校になると食事量にもノルマがあって、その分量を食べ終わるまで食堂から出られないと聞いたことがある。
それを踏まえて考えてみると……聖さんって、実はすごい才能を持っているのかもしれないなぁ。
「まぁ、努力家のお姉ちゃんなんて全く想像がつかないので、わたしとしては今のままで十分素敵だと思いますが」
とはいえ、ひめは今の聖さんが大好きなのだろう。
才能なんて関係なく、人間的な部分をひめは見ている。そういうところで姉妹の仲の良さを感じて、なんだかほっこりした――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます