第二百一話 乗り物系主人公
そんなこんなで、ひめを抱っこしながら歩くこと数分。
「聖さん……まったく気付いてないね」
「そうですね。鈍感なお姉ちゃんらしいです」
ひめは抱っこのことを内緒にしてほしいと言っていたのだが、正直なところすぐにバレると思っていた。一応、数メートルほど距離を離しているのものの、ちょっと振り向けば見える位置にいるのである。
しかし、聖さんに気付いている様子はない。
「ひめちゃん~。あとどれくらい歩けばいい? 三十秒とか?」
「あと五分は歩きましょう」
「うぅ……つかれたぁ」
と、愚痴をこぼしながらトボトボと歩いている。
こうやって、会話は時折交わしている。ただ、聖さんが振り向かない。たぶん後ろを向くという動作すら億劫になっているのだろう。
「お姉ちゃん、水分補給はちゃんとしていますか?」
「お水は飲んでるよ~」
「飲み干していなくて良かったです」
「ジュースじゃないならそんなに飲めないもん。お姉ちゃんを甘く見ないでくれる?」
ジュースだったら飲めるんだ、と指摘しても聖さんはまともに返答しないだろうなぁ。それくらい、声に覇気がない。流石、嫌いな言葉が『努力』である……がんばろうという意思そのものが感じられなかった。
本当に、聖さんらしい。
「てか、ひめちゃんは大丈夫なの~? 」
「わたしは元気なので気にしないでください」
「……ん~? なんか、元気すぎないかなぁ。ひめちゃってそういえば、私より体力なかった気がするんだけど」
そう言ってから、聖さんはようやくこちらを振り返った。
妹への心配が、めんどくさいという感情を勝ったらしい。いいお姉ちゃんだな、なんて感心したのも束の間。
「――ずるい!」
ひめが抱っこされている。
それを見た第一声は、ちょっとよく分からない一言だった。
「あ、バレてしまいました」
ひめはそんなことを呟いているものの、下りる気配はまったく見せない。というか、むしろ見せつけるように胸を張って堂々としていた。
「こういうわけなので、わたしは元気ですよ」
「……こ、こんなに汗だくで私は歩いているのに、ひめちゃんは乗り物移動!? そんなのずるいよっ」
「乗り物、か」
人間なんだけどなぁ。乗り物扱いされていることは少し釈然としないが、まぁ今はたしかにひめの乗り物なので否定も難しかった。
「よーへー、わたしも乗せて!」
「……荷重制限に引っかかるよ」
「かじゅーってなに!」
「重さ制限のことです。つまり、お姉ちゃんの体重だと難しいということですね」
ひめ、そんなにハッキリ言わないで。
聖さんが悔しそうな表情でこちらを凝視している。漫画的な表現でいうと『ムキー!』と言いそうだった。
「ムキー!」
いや、ちゃんとそういう声を発していた。
「陽平くんはわたし専用なので」
一方、ご立腹の聖さんに対してひめは容赦がなかった。この子、やっぱり姉に対してまったく遠慮がない。少し煽るかのように、得意げな顔をしている。普段あまり見られない表情なのでなんかかわいい。
「悔しかったら、お姉ちゃんも体重を落とすといいですよ」
……いや、これはあれか?
あえて煽ることによって、聖さんのダイエットへの意欲を向上させるというひめなりの鼓舞なのかもしれない。
実際、この挑発のおかげか聖さんのやる気は向上しているように見えた。
「や、やってやるー!」
「……ちなみに、もう目標の時間は歩いているので休憩してもいいのですが」
「あと十分は歩く! ちゃんと体重を減らして、よーへーを乗り回してやるんだからねっ」
そう言って、聖さんは荒々しい足取りで再び歩き出した。
ひめの作戦成功である。
(……乗せてあげることはできるのだろうか)
まぁ、俺の未来に一抹の不安があるのだが。
ひめでさえギリギリなのに、聖さんだったら痩せても無理……とはもちろん、言えなかった――。
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