第百八十四話 まさかの救世主

「ひめって少し、冷たい雰囲気があるでしょ? あれは間違いなく私の影響ね……本当はもっと可愛がられないとおかしいくらい愛らしい子なのに、もったいないわ」


 ……たしかに、ひめの近寄りがたい空気感は世月さんからの遺伝かもしれない。

 俺はもうすっかり慣れたのだが、やっぱり初対面の頃はこの独特の空気感があって話すことも緊張していた。


「その上、過去のトラウマもあるのか他人に近寄ろうとしない子で……孤独になっちゃうのも無理はないわね


「でも、聖さんと芽衣さんがいたんですよね?」


 それなら、孤独ではなかったと思う。

 二人がきっと、ひめに寂しい思いをさせないはず……と、俺は思っていたのだが。


「家にいる時はそうね。でも、逆に考えると、そのせいで余計に外に出ない子になってしまって……結果、心を開くことが苦手になってしまったわ」


 他人とのコミュニケーションに恐怖を抱いている。

 身内としかうまく意思疎通ができない……そう考えると、母親として心配するのはなんとなく分かるかもしれない。


「まだ幼いうちはこれでいいのかもしれない。でも、大人になったらどう? いくら素晴らしい能力を持っていたとしても、それを活かして素晴らしい功績を上げたとしても、あの子が満たされることはないわ」


 今だけの話ではない。

 世月さんは、未来のことを考えてひめが心配だったようだ。


「学校に通っていれば、そのうち解消してくれるかもしれないと期待はしていたのよ。でも、誰かと打ち解ける前に大学の卒業までしちゃったわ。優秀すぎるのも困ったものね」


「……あれ? でも、ひめは今でも海外の研究者と交流があると前に言ってた気がしますけど」


 何を研究しているのかは把握していないのだが、時折放課後に早めに帰る日がある。その時は大抵、研究の打ち合わせをリモートでしていると言っていた。


 それはつまり、コミュニケーションがうまく取れているということにならないだろうか。


「事務的な交流を、打ち解けると表現していいのかしらね」


「事務的、ですか」


「優秀な子なのよ。上辺だけで交流する術を身に着けちゃって……そういうところが、私に似ていて困っているわ」


 なるほど。そういえばひめは、他者に近寄ろうとはしないのだが、決して人見知りはしない。

 話しかけられても、丁寧な口調で返事をする。ただ、内容は無機質なので会話が広がることはない。


 あれも、ひめなりのコミュニケーション術だったのかもしれない。

 他者に傷つけられないようにする、一種の自己防衛方法なのだろう。


「海外の学校に行く必要がなくなってから、ひめの進退は少し迷ったわ。研究者として、そのまま海外で暮らすという選択肢もあったけれどね……でも、聖が日本に帰りたいと言い出して、ひめと離れ離れにさせるわけにはいかなかったのよ。それで、二人とも日本に来たわ」


「そして、同じ学校に通った……と」


「ひめも、聖にはよく懐いているから、その点では安心したわ。聖が大人になるまでは、あの子は一人じゃない……でも、未来については解決していない。問題を先送りにしただけで、頭を悩ましている中で――ある日、私の不安がすべて解消しちゃったのよね」


 まさかの急展開である。

 何かが起きて、世月さんの心配はなくなったらしい。


「とある人物のおかげよ。その人の話を聞いて、私は救われたと思ったわ……母親らしいことをしてあげられなかった。でも、あの子はとびっきりの愛らしい少女になってくれた。本当に、その人には感謝してもしきれないの」


 ここまで言うのだ。よっぽどの出会いだったのだろう。


 それはいったい、誰なのか。

 固唾をのんで、耳を傾けていると――彼女は俺を指さして、こう言った。


「陽平が、全部解決しちゃったわ」


「え? お、俺ですか」


「うん。あなたよ」


 まさかの、俺だった。

 ……ど、どうリアクションをすればいいのだろう。


 俺の話をされているとは思っていなかったので、一瞬混乱してしまった――。

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