第百八十三話 一緒にいない、という選択肢

 世月さんは、なんだかんだ娘に愛情を抱いているように見える。

 もし関心がないのなら、こんなに二人のことについて語るわけがない。


「ひめは肉体と精神の年齢が乖離している。それに気付いてから、あの子を学校に通わせることにしたのよ。精神年齢が同じくらいの子の方が、接しやすいと思ったから……海外の学校で、商談相手に知人もいたから入学させることは簡単だったわ」


「ひめ……幼いころから、飛び級で通学していたんですね」


「四歳で入学させてもらったわ。幸いないことに、あの子は知識を学ぶことが好きだったみたいで、学校そのものに通うことは嫌がらなかったのよ。まぁ、人とはあまり話さなかったけれどね」


 ずっと気になっていた、ひめの過去。

 どういう経緯があって飛び級したのか知りたかったので、世月さんの話はすごく興味深かった。


「聖さんはそのころ、どうしてたんですか?」


「聖も同じ学校にいたわ。ひめの面倒を見るって、日本から海外に来たのよねぇ」


「へー……あれ? 聖さん、一時期は海外にいたんですか」


 それにしては、英語の成績が良くなかったのだが。

 一応、彼女もひめと同じように帰国子女らしい。


「日本人がたくさん通うような、日本語が通じる学校にいたのよ。だから、聖は日本語ですごしてたわ」


 ……俺の思考が読めるのだろうか。

 気になっていたことを的確に説明してくれていた。ありがたいのだが、なんか怖い。こちらの思考は全て筒抜けにされている気がしてならない。


「とはいっても、聖がひめと同じ場所に通っていたのは最初だけで……五歳になったらもう、別々の学校だったわ。ひめが飛び級しちゃって……海外にいる間は、一人の時間が多かったと思うわ。私も夫も、ずっと仕事で家にいないし」


「そういえば、今もお二人はこの家に住んでいないんですよね?」


 海外では一緒に暮らしていた、というように聞こえる。

 だとするなら、どうして日本では一緒じゃないのだろうか。


「結局、仕事の都合で同じ国にいてもあまり家に帰ることができないのよ。頻繁に国外に出かけることも多いのよねぇ」


「……そうですか」


「うふふ。何か、言いたそうな顔をしてるわね」


 まぁ、見透かされているよな。

 だって、家族なのだ……たしかに家にいる時間が少ないかもしれないが、それでも同じ家で暮らした方がいいと思う。


 世月さんたちご夫婦にとって、ではない。

 ひめと聖さんにとって、ご両親の存在は大きいはずだから。


 と、平凡に育った俺は思うのだが。


「一緒に暮らすことで、子供たちに悪影響を与えることもあるのよ。もちろん、陽平の思いは分かるわ。決して間違えではない……でもあなたは、私と旦那に人間として大きな欠陥があると分かっていないわ」


 星宮夫妻は、特殊な環境にいる人間である。

 だからこそ、普通に生きている俺には理解できない部分があるようだ。


「しかも、数年前は忙しさがピークでね……娘たちに優しくしてあげられる余裕もなかった。人間として未熟で、親として不出来なのよ」


「でも、親がいた方が……二人は、嬉しいと思います」


「そうね。それは分かっているわ」


 やっぱり、理解はしているんだ。

 しかし、その上で……一緒に暮らさない、という選択肢をとった。


 それだけの、大きな理由があったのだろう。


「だから、私は嫌われていていい。愛情を注いであげられないことは、申し訳ないけれどね……その代わり、二人の未来を束縛はさせないことにしたわ。家の後継問題も、財産についての相続問題も、ひめと聖には関係ないものにする」


 ほら、やっぱり。

 世月さんなりに、ちゃんと心に決めていることがあるようだ。


「二人には、私たち夫婦みたいに歪な人間になってほしくないわ。そのために今、準備しているから安心しなさい……少し多忙なのも、そのせいなのよ。会社の引継ぎとか、財産の分与とかで揉めてるのよね。二人が大人になるまでには解消するから、安心して」


 正直なところ……平民な俺には、よく分からない事情である。

 ただ、世月さんが娘との関係性を犠牲にしてでも、成し遂げようとするくらい大切なことなのだ。


 その覚悟は十分に伝わってきた。

 やっぱり、娘のことも大切に思ってくれているのだろう……だから、俺はこの人を冷たい人間だとは思わないのかもしれない――。

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