第百八十二話 星宮ひめの生い立ち
――まさか、ひめの幼少期についての話を聞けるとは。
一応、本人から軽く聞いてはいるのだが……明るい記憶ではないように感じたので、詳しく聞くことはなかった。
一度見聞きしたことを全て覚えている彼女なら、過去のことだって忘れていないだろう。しかし、思い出させることでひめが暗い顔をするのなら、俺は知らないままでいいと思っていたのである。
だから、この件について詳細を知ることができるとは思ってもいなかった。
「ひめって……いったい、どういう幼少期を送ったんですか?」
「うふふ。今も幼いのに、おかしな聞き方ね」
「……まぁ、たしかに」
「でも、意味は伝わってるから安心しなさい。ひめの過去について、あなたがすごく興味を持っていることは理解しているわ」
相変わらず、世月さんの話し方は回りくどい。
しかし、質問にはちゃんと答えてくれるので、些細なことだった。
「知りたいです。ひめのことを、もっと……分かりたいです」
「――孤独、かしら」
一言、世月さんが呟く。
まばたき一つせず、俺をまっすぐ見つめながら……彼女は、淡々と言葉を続けてくれた。
「三歳の時点で、あの子はもう自我が形成されていたわ。感情ではなく、理性で行動を決定できていた……それがどういうことか、陽平は分かる?」
「……落ち着いた子だな、とは思います」
「そうなのよ。落ち着いていて……普通の三歳児では、有り得ない人格が形成されていた。だから、同じ年齢の子と価値観が合わない。物事に対する感じ方が大きく異なるから、友達になれないでしょ?」
ああ、そういうことか。
ひめも前に言っていた。幼少期……いや、今もそうかな。彼女はどうも、同世代の子供のことを理解できないらしい。
心陽ちゃんと遊んだときにも似たようなことを言っていた。仲良くできてはいたのだが、心陽ちゃんの発言があまり分からなかった……とも。
「しかも、保育士からも不気味がられて放置されていたみたいね。そのことを知ってすぐさま保育園は退園したけど、その時の記憶がトラウマなのかあの子は他人と積極的に関わらないわ」
瞬間記憶の弊害である。
良いことも永遠に覚えていられる。もちろん、悪い記憶だって……普通の人以上に、忘れることができない。
「その上、母親が生粋の令嬢で大財閥の跡継ぎよ。共感性なんて微塵もない、お金を稼ぐことしか徹底的に叩き込まれていない哀れな人間で……能力は高くても道徳心が欠片もないせいで、娘との接し方が分からないときたわ」
「……世月さんのことですよね?」
随分、他人事のように話しているのだが。
自分の話なのに、よくもまぁここまで淡々と言えるものである。
「事実だもの。結婚もお見合いでねぇ……旦那のことは嫌いじゃないし、人として尊敬はしているけど、生まれが私と似たようなものだから道徳の部分は欠片も頼りにならないわ。こんな両親が健全に育てるには、ひめは少し特別すぎたのよ」
「そうなんですか……」
うーむ。どう反応していい分からないなぁ。
怒ったりした方がいいのだろうか。でも、他人事ではあるのだが……別に、世月さんのことを悪いとは思えなくて、怒りはあまりなかった。
だって、この人は娘のことを大切に思っているような気がするのだ。
「あの子をどう育てるべきか。すごく悩んだわ……幸いなことに、聖が私や夫と違って明るくて楽しい子に育っていてくれたから、ひめに寂しい思いをさせずにはすんだわ。外の世界では孤独だけど、家族の中では寄り添ってくれる人がいたのよ。聖には感謝してもしきれないわ……能力はまったく遺伝しなかったけど、あの明るさは天性のものね。私の娘にしてはすごく上出来で嬉しいわ」
ほら、この通り。
世月さんは先程から饒舌だ。娘の話をしているからなのだろう……ひめのことも、それから聖さんのことも、長々と話している。
あと、世月さんは娘について決して悪く言わない。聖さんの勉強ができない部分でさえ、まったく気にしていないかのような発言をしていた。
なんだかんだ、世月さんは娘のことを可愛がっていると思った――。
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