第百八十一話 『特別』と『異常』

 先ほどまで、俺は世月さんと星宮姉妹に血縁関係がないのではないかと疑っていた。

 しかしそれは勘違いだったらしい。


「信じられないなら戸籍でも見る?」


 ここまで言うのだ。嘘はついていないだろう。


「いえ、信じます……変なことを疑ってしまって申し訳ないです」


「まったくよ。初対面の人に『娘と血がつながってるのか』なんて聞くのはありえないわ」


「か、返す言葉もないです」


 冷静に考えてみると、かなり失礼なことをしていた。

 俺が悪いことは間違いない。そのことをちゃんと謝ったのだが……世月さんはまたしても呆れたようにため息をついていた。


「はぁ……私が言わせるように誘導したのに、なんで謝るのかしら」


「それはまぁ、悪いことをしたので」


「反論がほしかったのよ。『あんたがなんでも言えってそそのかしたからだろ!』とか言うのかなって、期待してたのに」


「そうなんですか? えっと、努力します」


「……しなくていいわ。あなたには無理よ」


 世月さんは俺を完全に諦めているような気がした。

 失望……とまではいかないまでも、期待外れだと思っているような気がしてならない。


 実際、俺が優秀じゃないことは事実なので、せめてこれ以上は評価を落とさないように努力しよう。せめて、姉妹との交友を許してくれる程度の人間ではありたかった。


「とにかく、ひめは私の娘よ……まぁ、私の娘にしても、特殊すぎるけど」


 その発言は、見た目だけを意味していないだろう。

 中身のことも含めて、世月さんはひめを『特殊』だと認識しているように感じた。


「やっぱり、ひめって『天才』なんですね」


 八歳にして海外で大学の卒業資格を持っている、異才の少女。

 俺にとっては愛らしい少女の印象が強いが、やっぱりその能力は突出しているのだろう。


「『天才』なんて言葉でひとくくりにしてもらったら困るわね。ひめはそんな枠組みに当てはまらないわよ……あの子が記憶能力に優れているのは知ってるわよね?」


 もちろん。瞬間記憶というか、一度見聞きしたことを全て覚えている――という話は前に聞いていたので、しっかりと頷いた。


「なんでも覚えられるってことは、つまりどういった分野に活かせると思う?」


「……勉強、ですか?」


「もう少し絞って答えなさい。勉学における、どの分野のこと?」


「分野? うーん、分野……数学とかですか? 公式とかたくさん覚えられるってことですよね?」


「全然違うわ。うふふ、頭の回転も平凡ね」


 くっ。頑張って答えたのに、不正解だったらしい。

 汚名返上したかったが、ダメだったようだ。世月さんはもう呆れもしてくれない。朗らかに笑って、俺を優しい目で見つめていた。


「『言語』よ。ひめはね、言語の習得が得意なの……単語や文法を覚えることが得意な上に、まだ幼くて聞き取り能力も優れている。だから、あの子は多言語を使いこなせる」


 ……なるほど。ひめは学校でも英字の本を読んでいたなぁ。


「日本語だって、一歳になる前にもう使いこなしていたわ。最初は私とそっくりの口調でね……たぶん、私を参考にして言葉を話していたのかしら。とにかくすごくびっくりしたものよ。それから、色んな人の会話を見て、今みたいな丁寧な口調になっていったわ。その時、わずか三歳よ」


 三歳にしてもう、ひめは今と同じような口調になっていたということか。

 ……八歳にしても違和感があるのに、三歳でこれはやっぱり驚くよなぁ。


「とはいっても、当時は記憶能力のことなんて知らなかったわ。せいぜい、『言葉を話すのが異常に早い』程度の認識で……普通の幼児と同じように、保育園に通わせることにしたのよ。それが大きな間違いだったわ」


 いつの間にか、話の内容が『ひめについて』になっている。

 恐らく、世月さんは俺がひめのことを知りたがっていると気付いているのだろう。何も言わずとも、ひめの過去について教えてくれていた。


 それはすごく、ありがたい。

 あの子について知りたい。ひめのことなら、いくらだって話を聞いていられる。


 彼女がどんな過去を歩んだのかも、大いに興味があった。

 そういえば前に、ひめも保育園に通っていたと少し話してくれていたなぁ。


 たしか、その時に言っていたことは……。


「――結果的に、あの子の異常性を自覚させてしまったわ。そのことは、未だに後悔してるわね」


 そうだ。ひめは保育園に良い思い出がないと言っていた。

 三歳にして自我が完成していて、話し方も大人びていて、態度も落ち着いている……そんなひめを、保育士たちは不気味がっていたと、本人が言っていた。


 どうやら、世月さんも保育園のことを後悔しているようだ――。

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