第百八十話 争いは同じレベルの者同士でしか発生しない



第百八十話 争いは同じレベルの者同士でしか発生しない


「はぁ……ちょっと大人げなかったかしら」


 世月さんが呆れたようにため息をついている。

 どうやら、想定していたよりも俺がザコだったらしい。警戒して腹の探り合いをしようとしていたみたいだが、それをする必要もないと判断したのだろう。


「うちの娘たちは橋の下で拾ったのよ」


「え!? やっぱり義理の娘なんですか!?」


 俺の発言は全くのでたらめだと、そう発言したのに。

 舌の根も乾かないうちに真逆のことを言い出して、驚きだった。


「嘘よ。どうしてすぐに真に受けちゃうの?」


「……世月さん、嘘をつくのがお上手で」


「あなたが騙されやすいのよ。今後は詐欺に気をつけなさい? 高い買い物をする時は誰かに相談するように」


「は、はい……」


 なぜか心配されていた。

 まぁ、たしかに人を疑うのは苦手なので、世月さんの言うとおりである。詐欺には気を付けないとなぁ。


「と、私に言われたからって、簡単に従うような人間ではダメね」


「いやいや。じゃあどうしろって言うんですか」


 聞き入れたことすらも呆れられていた。

 に、苦手だ……やっぱり、世月さんはちょっと難しい。


「信頼のない人の言葉をそもそも信じてはいけないのよ?」


「信頼はありますよ。ひめと聖さんの母親なんですから」


「あら、なるほど。だからあなたから敵意を感じないのね……」


 まぁ、難しい人だとは感じているが、悪い人だとは思っていない。

 あんなに魅力的な姉妹の母なのだ。最初からある程度の信頼はあった。


 もちろん、気を許しているわけではない……つもりだったけど、世月さんからすると俺はどうやら無防備に見えるようである。


「私がその気になれば、あなた程度の人間は軽くひねりつぶせるわね」


 それが、世月さんの俺に対する評価だった。やっぱり怖いなぁ。


「つぶさないでくれると嬉しいです……痛いのは苦手で」


「比喩よ。物理的な意味じゃないから安心していいわ」


「じゃあ、精神的な意味ってことですか?」


「……うふふ」


 笑うだけ、という返答が一番怖かった。

 世月さんって、いったいどういう立場にいる人なんだろう。独特の圧というか、雰囲気がある……あれだ。すごく偉い人と対峙している感覚だった。


 要するに、今こうして会話ができているのは、この人の気まぐれということだろう。

 まだ俺に対して興味がある、ということなのかもしれない。現状、抗ったところで軽くひねりつぶされるだけなので、もう諦めて自然体でいよう。


 抵抗したって無意味なので、俺も力を抜いた。


「あの、話を戻してもいいですか?」


「もちろん。うちの娘との血縁関係について気になっているのよね? いいわ、答えてあげる」


 素直に聞いてみたら、意外と曖昧にせずに答えてくれた。

 本人たちに聞くつもりはなかったのだが、気になっていたことではあるのだ。その答えが知られるのはありがたい。


「正真正銘、二人とも私の娘よ。養子でもなければ、腹違いの子でもない……もちろん、父親も同じよ。ひめと聖は、まったく同じ血が通っている姉妹で間違いないわね」


「……じゃあ、どうして二人の容姿はあんなに違うんですか?」


「――先祖返りって、聞いたことあるかしら?」


 その単語は聞いたことのないものだった。

 ただ、字面でなんとなく意味は分かる。先祖に返る、ということはつまり。


「私の高祖父母が、北欧地域の出身らしうわ」


「高祖父母……?」


「分かりやすく言うと、私のひいおばあちゃんの父母よ……その血の影響でしょうね。珍しいことなのは間違いないわよ。ちなみに、聖は私とそっくりよ。髪の毛を染めているから分かりにくいかもしれないけど」


 先祖返りは、予想通りの意味だった。

 なるほど。だからひめの容姿は、聖さんと全く異なっていたのか。


「つまり、陽平の予想は大間違いってことね」


「……ごめんなさい」


「いいのよ。素直に謝れる子は嫌いじゃないわ。ビジネスの場においては無能もいいところだけれどね?」


 褒められているのか、貶されているのか。

 評価されているのかどうかもちょっと怪しいのだが、それも無理はないだろう。


 どうやら俺の予想は、かなり的外れだったみたいだ――。

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