第百六十一話 待望の夏休み

 ――暑い。

 と、思う。


 カーテンの隙間から見える外の世界は、強い日差しが降り注いでいですごく眩しい。おかげで目覚めてしまって、つい顔をしかめてしまった。


 外は暑そうだ。怪訝な顔でカーテンを閉めてから、スマホで時間を確認する。

 現在時刻、朝の十時。まだ体内時計は狂っていないようだ。夜に寝て昼までに起きられれば、正常と思っている。まぁ、最近は若干夜更かし気味なのだが。


 ……そろそろ起きようかな。


 あくびをこぼしながら、むくりと体を起こす。

 夏休みが始まってから一週間が経過した。この間、特にやったことは何一つとしてない。起きたらゲームをして、ネットを徘徊して、ごはんを食べて、寝る。ただそれだけの繰り返しだというのに、どうして時間が早く流れていくのだろうか。


 あっという間の一週間だった。そういえば去年も同じような感じで、気付いたときには夏休みが終わっていたことを思い出す。刺激のない平穏な日常も、それはそれで悪くなかった。


 夏はあまり得意じゃない。

 気温が高いのが特に苦手だ。汗をかいて気持ち悪いし、体力が消耗してく感覚が嫌いなのだ。どちらかと言えば、着こめばいい冬の方が好きである。夏は皮膚が脱げないので、暑さを防ぎようがない。


 なので、夏休みは基本的に引きこもって過ごしている。冷房の効いた部屋からできれば一歩も出たくない。それくらい夏は好きになれない。


 しかし今年は――不思議と、夏に不快感を抱いていないことに気付いた。

 その理由は明白である。


 きっと、彼女の存在が大きいだろう。


(よし、そろそろ準備しようかな)


 ベッドから出て、体を伸ばす。

 ここのところ寝起きは三十分くらいスマホを眺めてぼーっとしているのだが、今日はそういうわけにもいかない。


 なぜなら、昼過ぎからひめと約束があるからだ。


『♪』


 彼女のことを考えたからだろうか。

 スマホのメッセージアプリに連絡が入ったようで、音が鳴った。画面には『星宮ひめ』という文字が浮かんでいる。


 手に取って、アプリを起動。

 届いていたメッセージには、こんなことが書かれていた。


『おはようございます。起きているでしょうか』


 絵文字や顔文字はもちろん、スタンプさえない簡素な文章。

 ひめはどうやら余計な装飾を好まないタイプみたいで、彼女から届くメッセージは基本的にこんな感じである。なんだか彼女らしい文章で、俺は好きだ。


『おはよう。今起きたところだよ』


 返信をすると、即座に既読マークがついた。

 ……画面を開いたまま待っていたのだろうか。スマホを凝視しているひめが頭に浮かんで、つい笑ってしまった。想像の中でもあの子はかわいい。


『良かったです。陽平くんはお寝坊さんなので、心配していました』


『今日はひめとお出かけするから、ちゃんと起きたよ』


『よくできました。陽平くんはいい子です』


 ……ひめの言葉って、文章で見るとなんだかお姉さんっぽいかもしれない。

 敬語だし、舌ったらずも聞こえない上に、表情が見えないので、年上の人と連絡をやり取りしている気分になってきた。


 実際に会って話してみると、表情や言葉の間が幼いのでそんなこと感じないのだが……なんだか新鮮である。


『それでは、今日はよろしくお願いします』


『うん、よろしくね』


 と、いう言葉を最後にメッセージは途絶えた。

 ひめはあまり頻繁に連絡を取る人間じゃない。何か用事があった時だけに限定されるタイプで、しかもやり取りはすぐに終わる。


 それが物寂しい……とは思わない。むしろ、俺も長々とメッセージをやり取りするのが得意ではないので、ひめのスタイルはすごく心地良い。


(こういう部分でも、性格的に合ってるのかな)


 意外と、ひめとは気が合うんだよなぁ。

 考え方などは天才的な頭脳を持つ彼女に及ばないのだが、恐らく物事に対する向き合い方が似ているのだと思う。価値観がそこまで大きくずれていないのだ。


 おかげで、仲良くできている気がした。


「さて、と」


 せっかく、ひめとお出かけするのだ。

 いつもよりも清潔さを意識して、身だしなみを整えようかな。


 そう思って、部屋を出た。

 今日は平日なので、両親は仕事でいない。リビングもクーラーがついていないので、暑かった。


 しかし不快感はそこまでなかった。

 むしろ、今年の夏は色々と楽しみである。


 そう思わせてくれたひめに感謝だ――。





//あとがき//

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