第百五十九話 赤点を取らなかった代償

 ――期末試験がようやく終わった。

 俺たちの通う白雲学園では、試験が終わるとすぐ夏休みに入る。そのせいか採点も早く、試験の翌日にはもうテストが返却されていた。


 おかげで採点に追われている教員たちは忙しそうだ。逆にテストを終えた生徒はみんな気力に満ちた顔つきである。夏休み目前でもあるので、気分が上がるのも当然だ。


 俺も、テストを終えた解放感に包まれていた。


(ふぅ……やっぱり平均点だったか)


 テスト結果はまずまずだった。

 例年通り、どの教科も平均点数くらいである。


 勉強時間そのものは多かった。しかしその大半は聖さんに勉強を教えていたので、自分の勉強をしていたわけじゃない。だからだろう。


(やっぱり、人間ってすぐに変わらないなぁ)


 一応、がんばってはみた。

 しかし結果には出なかった。ひめに良い顔したくて努力を試みたが、残念である。


 まぁ、人間は急に変われる生き物ではない。

 短時間詰め込んだ程度では意味がなかったということだろう。これからはもう少し、勉強にも身を入れた方がいいのかもしれない。


 平凡な俺は、変化の大きい人間ではない。

 特別な人間ではないのだから、しっかりとした努力が必要なのだろう。


 と、反省している俺の対面。

 そこには、上機嫌でフライドポテトを頬張る聖さんがいた。


「あ~。おいちぃ♪ 赤点を回避して食べるジャンクフードは最高ですにゃ~」


 パクパクとスティック状のポテトを食べる聖さんは、満面の笑みを浮かべている。

 俺とは違って、彼女は努力が実った。見事に赤点を回避したのである。


「聖さん、すごいね。ちょっと見直したかも」


 今日、彼女の努力を祝福することになった。

 聖さんが赤点を取らなかった、というお祝いのためにファーストフード店に来ているのだ。


 ちなみに、ひめはお手洗いに行っているので今は聖さんと二人きりである。

 俺の向かいの席で、彼女はフライドポテトを美味しそうに食べていた。


「見直したってなに!? よーへー、私のことちょっとバカにしてたでしょっ」


 バカにはしてないよ。ちょっと抜けてるなぁ、とは思っているけど。


「まぁ、私はひめちゃんのお姉ちゃんなので? やればできるんです~」


 やっぱり聖さんも、ひめと同様に『特別』に分類される人間だと思う。

 気持ち次第で変わることができる。少しの努力がすぐに結果に出る。そういう類の、平凡からかけ離れている存在だ。


 羨ましくないと言えば、嘘になる。

 俺も、彼女みたいに『特別』であれば、あるいはもっと自分に自信が持てたかもしれないのに――と。


 しかし、自分と比較しても仕方ないことではある。

 もちろん嫉妬などはない。自己否定しているわけでもない。ただ、自分はそういう人間だと認識して、地に足をつけてちゃんと進んでいこうと思っているだけだ。


「ん~♪ ポテト、すっごく美味しいね~」


「……俺のも、良ければ食べて。お祝いということで」


「いいの!? やった、ありがと~」


 今はとりあえず、聖さんのことを称えよう。

 そう思って、自分のポテトを彼女に差し出したその時……ちょうど、ひめがお手洗いから帰ってきた。


「ただいま戻りました……あ、お姉ちゃん? 食べすぎじゃないですか?」


「ぎくっ」


 聖さんの隣――ではなく、俺の隣に座ったひめは、すかさず聖さんに一言。


「これ以上太ったらたいへんですよ」


「やめて! 体重の話を今はしないでっ」


 厳しい言葉に、聖さんは半泣きになった。それでもポテトを食べる手が止まらないのは流石だ。

 あるいは、理性よりも食欲の方が勝っているだけかもしれないが。


「陽平くん、聞いてください。お姉ちゃん、お菓子を食べすぎて体重が増えちゃったみたいで」


「え、本当に?」


「はい。まぁまぁ大きくなったので、芽衣さんに間食は控えるよう厳しく言われていたのですが……この様子だと、今日も怒られそうですね」


 ……赤点を取らなかったことは、良かったのだが。


「今年の夏休みは課題ではなく、ダイエットに苦しむことになりそうです」


 その代償は、結構大きいかもしれない――。




//あとがき//

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