第百五十八話 あの子の存在しない世界
――結論から言うと、ひめのケガは軽度だった。
「芽衣ちゃんが『湿布を貼って安静にしておけば治るわ』って言ってたよ~。念のため今日は休むみたいだけど、安心してね」
翌日の朝。聖さんがわざわざうちの教室に寄ってくれて、ひめの欠席を教えてくれた。
とりあえず良かった。心配していたので、状態が良いのなら安心した。
「そっか。教えてくれてありがとう……あ、今日の勉強会はどうする?」
「ん-。ひめちゃんのことが心配だし、私は早めに帰ろうかなぁ」
「了解。じゃあ、また明日からということで」
「はーい。そういうことだから、またね~」
会話は手短に終わった。
ひめがいない時はだいたいこんな感じである。
聖さんと仲が悪いわけじゃない。むしろお互いに信頼はしていると思うのだが、会話が長く続くわけでもないんだよなぁ。
意外と、オシャベリが好きなのは聖さんよりもひめの方だと思う。
聖さんの性格は明るくて温厚なのだが、めんどくさがり屋だから会話も短いのかもしれない。
話しかけたら付き合ってくれるのだが、聖さんから会話を広げることはあまりない。俺も、雑談が得意なわけじゃないので、二人きりだと結構サッパリしていた。
(まぁ、こっちの方が楽ではあるんだけど)
ひめがたびたび、俺と聖さんの相性がいいと言うのだが。
さすがの慧眼だ。最初こそ俺が委縮してぎこちなさもあったが、慣れてきた今は意外と接しやすく感じている。
今だってそうだ。
二人きりになることに実は緊張していた。しかし俺は気を遣って、今日は帰ろうなんて言い出せなかったのだが、聖さんの方が言いだしてくれた。
彼女は俺に遠慮しない。思っていることをハッキリと言ってくれる。
逆に俺は、遠慮こそするのだが気を遣われたり遠慮される方が苦手なので、聖さんの白黒ついた性格は好きだ。
もし、彼女と恋人になれたとしたら。
意外と、うまくいくのでは――って、なんか変なことを考えている気がする。
昨日、ひめのことを強く意識したせいだろうか。
思考が変な方向に進んでいる。
(……こんな妄想は良くないな)
深く考え込んでも仕方ないことだ。
たしかに現状、星宮姉妹との関係性について悩んでいる。しかし、すぐに結論が出るような悩みではないので、今はひとまず置いておこう。
とりあえず、直近で向き合わなければいけない問題と言えば。
(俺も、勉強しておかないと)
聖さんに教えてばかりで、自分の勉強が少し不安だった。
まぁ、がんばったところで成績はだいたい平均に収束するので、良くしたいとは思っていないのだが……悪くなることは、絶対に避けておきたかった。
(きっと、ひめが責任を感じて落ち込んじゃうだろうし)
聖さんに勉強を教えていたせいで、成績が落ちた。
それはつまり、聖さんに指導をお願いしたひめの責任だ――と、彼女は考えると思う。
だからこそ、がんばりたい。
むしろいつもよりも、成績が上がればいいなと思っている。
そうすれば、ひめだって喜ぶはずだ。
あまりかっこいい人間ではないのだが、ひめの前でくらい少しはしっかりしたいと考えている。
(よし、がんばろう)
そう思って、早速教科書を開いた。
朝の自由時間。いつもならひめと雑談を交わしているはずの時間だが、今日は彼女がいないので一人で過ごすほかない。
いつもより勉強ははかどった。
休み時間も、昼休みも、放課後も、ひめがいないので勉強に集中することができた。
……そういえば、あの子と出会うまではこんな日常を過ごしていた気がするなぁ。
ずっと一人でいた。そのことについて何か特別な感情を抱くこともなかった。これが俺にとって当たり前の日常だったから。
しかし、あの子と出会って……こんな感情を抱いている自分がいた。
(やっぱり、少し寂しい……かな)
一人が心細いと思ったのは、いつぶりだろう。
もともと友人が少ないタイプなので、別に一人で過ごすことに苦を感じた記憶がなかった。
以前は、学校をやりすごして家でゲームしているだけで、楽しいと思っていたのに。
しかし今日は、ゲームをプレイしても何も感じない。むしろすぐに飽きて、電源を切った。
「……はぁ」
ため息をついて、ベッドに身を投げる。
ひめがいない一日は、なんだか時間が遅く感じた。
彼女が存在しない世界は、なんだかとても退屈である――。
//あとがき//
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