第百四十八話 いいお兄ちゃんで満足できるのか

 ……そういえば、ひめの帰りが遅いような。

 もうすでに彼女が空き教室を出てから二十分ほどが経過している。


「ひめちゃん、遅いなぁ」


 聖さんも丁度同じことを考えていたらしい。

 壁にかかった時計を眺めて、指先でぐにぐにとつまんでいたグミをパクっと食べた。


「休憩時間は多いのはいいんだけど、さすがにちょっと心配になるね~」


「……うん、そうだね」


「あ。よーへー、私より心配してるでしょ~?」


 聖さんはからかうような顔つきで笑っている。

 どうやら俺の心情も把握しているようだ。


「ひめちゃんのことがそんなに可愛いの? うふふ、よーへーはいいお兄ちゃんになれると思うなぁ」


「……お兄ちゃん、か」


 以前、ひめに『妹にしたいくらいかわいい』と言った。

 そのセリフが全ての始まりだった。ひめとさらに仲良くなれた上に、聖さんとも親交が始まって……今、こうして二人きりで勉強しても平然としていられる関係性になった。


 事実だけを並べると、とても順風満帆に感じる。

 しかし、人の心とは変化するもので……あの時の感情が、今もずっと継続しているかと言われたら、疑問だった。


 もちろんこれは、悪い意味ではなくて。


(兄――で本当にいいのかな)


 まさか、あの頃以上にひめのことを愛らしく感じるとは思っていなかった。

 そして、ひめの方も……俺に対してかつて以上の好意を、強く感じるようになった。


 だから、このままでいいのか分からなくなっている。

 その迷いはたぶん、聖さんにも見えていない。いや、俺が見せていない。


 聖さんが意外と人をよく見ているように。

 俺だって、実はちゃんと隠している本心というものがある。


 それを曝け出すにはまだ早い。あと、自分の感情が本物かどうか自信もなかったので、表に出たがっているこの感情は再び奥底へと押し込んでおいた。


「ひめにとって、兄のような存在であるよう頑張るよ」


「もう十分だと思うよ?」


「いやいや、まだまだ頼りがいがない自覚はあるから……ちょっと探してこようかな」


 席を立って、聖さんに背を向ける。

 だから、彼女の顔は見えなかった。


「……そういうことにしてあげる」


 果たして、そのセリフは笑顔で言ったのか。

 あるいは、真顔で言ったのか。やけに感情のこもらない声を聞いて、すぐに振り返ったのだが……その時にはもう、聖さんはスマホを見ていたので分からなかった。


 やっぱり、何かを感じ取っていそうな気がする。

 しかしその件についてはまだ、触れなくても良いだろう。聖さんの反応にも確証はないので、ひとまずは何も気づかなかったふりをした。


 聖さんも、俺に何か言う継餅はないようで。


「ちなみに、ひめちゃんは図書館とか探すと見つかると思うなぁ」


 話題が戻った。

 ひめの居場所……どうやら見当がついているらしい。


「……連絡きてたの?」


「うん。20分前くらいに」


「教室を出た直後か……用事があるなら直接言ってくれれば良かったのに」


「そうだね~。まぁ、ひめちゃんはマイペースだからなぁ」


 たしかにあの子は他人をあまり気にしない。自分のペースで生きている。

 でも、自己主義なわけではないというか……近しい人――聖さんや俺には心配をかけまいと考えるタイプでもあるので、珍しいなと感じた。


 ひめらしくないな、と感じる。

 もちろん図書館に行ったことを怒っているわけじゃない。そのことについては特に気にしていないのだが、彼女の行動原理が気になっていた。


 そのあたりも聞いてみようかな。


「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」


「はーい。ひめちゃんのことは任せた~」


「……勉強、がんばって」


「え? あ、はいはい。勉強ね。うんうん、がんばる……よ?」


 本当に頑張るかなぁ。

 たぶん一人きりになったらサボると思うが、ひめのことが心配なので仕方ない。


「いってらっしゃ~い」


 気の抜けた声を背に受けて、空き教室を出た。

 去り際、扉を閉める際に聖さんの様子を見たら既に机に伏せて眠る体勢をとっていたのだが……それは見なかったことにしておこう――。




//あとがき//

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