第百四十九話 八歳にして寛容な少女
どうやらひめは図書室にいるらしい。
急にどうしたのだろうか。本を借りる、みたいな話は聞いていなかったのだが。
(……過保護かなぁ)
ふと思った。
せいぜいニ十分程度の離席。これが同級生相手なら、特に気にしていなかっただろう。仮に聖さんが同じくらい離席していたとしても、どこかで日向ぼっこでもしているのかなと思って放置していたはずだ。
しかし、ひめのことになるとどうしてもそわそわしてしまう。
何かあったのだろうか、と心配になるのだ。
それに今回に限っては、聖さんに連絡が入っていたわけで。
行き先も分かっている状況なのだから、大人しく空き教室でひめの帰りを待っていても良かったように思う。
どうして急に、探しに行きたくなってしまったのだろう。
(やっぱり……なんだかんだ、二人きりは緊張してたのかな)
もしかしたら、無意識のうちに空き教室から出たかったのかもしれない。
ひめを探しに行く、という口実で聖さんと二人きりの状況から逃れたかった……のだろうか。
(こういうところが、ダメなんだけどね)
あまり、自分の欠点を見たくはないのだが。
しかし時折、ふとした拍子に気付いてしまう。この逃げ腰のせいで、何事においても突出した能力を持つことができなかった。真剣に向き合うことから逃げ続けた結果が今の平凡な自分なのである。
もし、あの場で聖さんとちゃんと向き合っていたら――あるいは、彼女との関係性にも進展があったのかもしれない。それに臆した自分を、情けなく思ってしまう。
……ああ、ダメだ。
一人だとどうしても、こうやって嫌な方向に思考が堂々巡りする。ひめと出会ってからはネガティブになる機会が減っていたのに……と、自己嫌悪のループに陥りかけていた。
そんなころに図書館に到着した。
中には静かに勉強をしたり、読書をしている生徒がちらほらと見える。しかし入口から見た感じ、白銀の少女は見当たらない。
奥の方にいるようだ。本棚の間を縫うように歩いて、奥の方に足を進める。
そして見つけた。
「…………」
小さな少女が、立ったまま本を読んでいる。どうやら集中しているようで、俺が来ていることにも気付いていないようだ。
本来なら高校の図書室にいるはずのないサイズ感。前に聞いた話によると、ひめの身長は120センチほどらしい。八歳の少女としては平均的なのだが、高校生の中では群を抜いて小さい。
ひめを除く一番小さい女子生徒で、せいぜい140センチ程度だ。それよりもひめは一回りサイズ感が小さかった。
さて、なんて声をかけよう。
急に声をかけたら驚くよなぁ……と、迷っていても仕方ない。
「…………」
ひめは本に夢中だ。ページをめくるペースが衰えない。
なので、なるべく驚かせないように……それでいて、こちらに気付いてもらえるように、小さな声で呼びかけた。
「……ひめ?」
「わっ」
懸念していた通り、やっぱり驚かせてしまった。
声を発すると同時、ひめがビクンと体を震わせた。驚きのあまり持っていた本を落としてしまったので、彼女の代わりにそれを拾ってあげる。
「あ、陽平くんでしたか」
かがんでいる間に、ひめは俺に気付いたようだ。
次に顔を上げた時には、いつものように人懐っこい笑みを浮かべていた。
「びっくりさせてごめんね」
「いえいえ。謝らないでください、むしろこんなに近づいても気付かなかったわたしも悪いです」
拾った本を差し出すと、ひめはそれを手に取って胸に抱えた。ありがとうございます、といつものように礼儀正しく伝えながらも、彼女はジッとこちらを見つめている。
「どうしたのですか?」
「いや、ひめの帰りが遅いから、ちょっと気になって……」
うーん。この発言、少し気持ち悪いだろうか。
過保護というか、過剰に心配されても迷惑だと、人によっては思うかもしれない。
ひめも、そう思っているかもしれない。
一瞬、不安になったのだが。
「えへへ。気にかけてくれるなんて、陽平くんは優しいです」
……そうだよなぁ。
ひめは、俺が思っているよりもはるかに純粋で、素直な少女である。
この子は擦れていない。人の好意をちゃんと理解して受け止めるのだ。
(だから、ひめといると居心地がいいのかな……?)
彼女は他者の気持ちを尊重する。
たとえ過剰であったとしても、その本質をちゃんと見てくれる。
その寛容な部分に、俺は居心地の良さを感じているのかもしれない――。
//あとがき//
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