第百四十五話 凡庸であることの価値

 結局のところ、俺は自分のために他人に優しく接するよう心がけているだけだ。

 決して、根っからの善良な人間ということはない。聖さんのことだって、女性的な魅力を感じないと言えばウソになる。


 しかし、元々の特性である卑屈さのおかげで、そもそも手を出そうという気がない。

 そして更に言うと、聖さんはは俺と親しくしてくれるひめのお姉さんなのだ。彼女に嫌われたら、結果的にひめとの関係にもヒビが入る。だからこそ、聖さんと二人きりであろうと危険な橋を渡ろうと思わない。


 得たいと思っているものよりも、失うもののほうが大切。

 だったら、リスクを回避して穏便な関係を維持したい。


「俺は聖さんが思っているよりも、打算的な人間だよ」


 ……失望させてしまうかもしれない。でも、これは言わないといけないことだと思った。

 聖さんは、俺のような異性を物珍しく思っている。魅力的な人だし、男性からも良くアプローチを仕掛けられていた彼女だからこそ、何もしない俺に対して意外性を覚えるのは理解できる。


 ただ、そこに特別性を見出してほしいとは思わない。

 何故なら俺は、自他ともに認める平凡な人間なのだ。どこにでもいる、ありふれた男子高校生にすぎない。


 まるで少女漫画に出てくるような、性欲が皆無で女性に対して献身的な『白馬の王子様』めいた人間ではない。それだけはちゃんと伝えておきたかった……まぁ、そういう存在と認識されてはいないとは思うが、念のため。


 色々とごちゃごちゃ言っているが、とにかくまとめると……俺は『幻想を抱くような人間ではない』ということだった。


「今だって、聖さんが赤点を取るとひめが悲しむと思っているから、手伝っている……という気持ちも大きいから」


 これは聖さんのためにやっていることですらないかもしれない。

 過大評価というか、良い方向に勘違いさせるのは良くないと感じて、自分の気持ちを打ち明けた。


「ふーん。なるほどねー」


 俺の正直な気持ちの吐露を、聖さんはのほほんと聞いていた。

 ……いや、親交が深まっている今なら、分かる。


 まるで『私には難しいことなんて分からないでーす』みたいな顔をしているが、その目だけはこちらをしっかり見ていた。まるで、何かを見定めるように。


 聖さんなりに、ちゃんと真剣に聞いている。

 そのことを把握できるくらいには、彼女のことも理解できるようになっている。


 だから、俺もちゃんと向き合った。

 はぐらかしたりせず、自分の気持ちを素直に伝えることを決意したのである。


「よーへーはいつも、ひめちゃんのことを考えてるね」


「うん。大切な友達だから」


「……本当に、ただの友達なの?」


「いや、ただの友達なんかじゃないよ……俺に懐いてくれた、妹になってほしいくらいかわいい友達だから」


「それは……ひめちゃんがかわいいから、友達になってくれて嬉しいってこと?」


「――意地悪な言い方するなぁ」


 やっぱり、決しておバカな人ではない。

 聖さんは他人のことをよく見ている。その目利きだけは、恐らくひめよりも優れているように思う。


 こう見えて意外と演技派なことは知っている。

 だから、彼女が何を考えているのかは親交が深まった今もまだよく分からない。無表情だが、言動に出やすいひめのほうが遙かに分かりやすいと思う。


 でも、今の発言はさすがに肯定しかねるので、ちゃんと訂正しておいた。


「値札をつけてくれた、って感じかな」


「……値札? 何それ、国語のテスト勉強?」


「比喩だよ」


「あー、ひゆ。うんうん、ひゆか~」


 うーん。勉強ももう少しした方がいい気もするが、それはさておき。

 今は分かりやすく伝える方が適切な場だ。


「ごめん。たとえ話って意味……ひめは、俺という人間に価値を見つけてくれた。あんなにも無邪気で素直な子が懐いてくれるような人間なんだ、って――そう自分を思えるようになった」


 平凡な人間だが、俺は決して自分を嫌いというわけじゃない。

 むしろ凡庸な自分を気に入ってすらいる。他人より秀でたところはないけど、劣っている部分もないからこそ、波風の立たない人生はすごく居心地良く思っていた。


 ただ、そのせいで自分自身の『良い部分』は見えていなかったし、探そうという意欲すらなかった。

 でも――ひめはこんな俺のいいところを見つけて、肯定してくれた。


 大空陽平という人間は、星宮ひめという少女が懐くほどに柔らかい人間で、そこに価値があるんだ――と値札をつけてくれた。


 ひめがいなければ、俺はきっと自分に価値があると分からなかっただろう。


 そう思えた時から、心が明るくなった気がした。

 胸に渦巻いていたもやもやがなくなって、人生がクリアになった気がした。


 なんだかんだ言ってはいたが、卑屈な心がなかったわけじゃない。恐らくは無意識下で自分の無価値さを気にしていたのだ。


 ひめが価値を見つけてくれたおかげで、ずっと渦巻いていたも暗い気持ちがなくなったのである。

 そのことに、感謝している。


 だからこそ、彼女に少しでも報いてあげたいし、可能であるなら末永く良い関係を維持したい。

 ただ、それだけの話である――。





//あとがき//

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