第百四十四話 スイーツ系女子は甘いものが好き
「いでんちちー」
「アイデンティティーね」
「あむせ」
「アミューズかな」
「デザート!? へー、こうやって書くんだぁ」
「え? 試験範囲内にデザートのことなんてなかったような……あ、それ砂漠って意味だよ」
「えー。食後の甘い食べ物じゃないの?」
「単語は似てるけど違うっぽいね」
聖さんのゆるふわ英語は違った意味で翻訳が大変である。
俺も単語帳を見ながら照らし合わせないと大変だった……まぁ、単語を覚えるならこれでいいのか。
「よーし! 三問覚えたっ」
「いいね。はい、グミどうぞ」
「えー。一個だけ?」
「……チョコより小さいから二個でいいか」
「わーい。ありがと~♪」
俺からグミを受け取った聖さんは、美味しそうにもぐもぐと食べていた。
うーん。二個で良かったのだろうか……いつも餌あげ当番――じゃない。おやつをあげるのはひめが担当しているので、少し匙加減が分からなかった。
まぁ、ひめが帰ってきたら変わってもらえばいいし、少しくらいならいいかな。
「よーへーはチョロいから楽だよ~」
「本人の目の前で言うのはどうかと思うけどね」
「うふふ。でも君は怒らないでしょ?」
「まぁ、たしかに」
聖さんは意外と人を見極めるタイプである。ひめや芽衣さんに対する態度と比べて、明らかに舐められている気がする。
……だからといって、別に何かを思っているわけではない。舐められているというか、親しまれているとも感じるので、それが嬉しいのかもしれない。
何度も言うが、本来なら聖さんは手の届かない高嶺の花である。
こうして話ができてることだけでも奇跡なのだ。だからこそ、聖さんに何を言われても全然平気というか、むしろ面白いなぁとさえ感じていた。
「よーへーは意外と先生とか向いてるんじゃない? 教えるの上手だし」
「そう? でも、教師になるには成績が少し足りないかなぁ。平均くらいだから」
「……ねぇ、それって嫌味ですか~?」
「あ、ごめんごめん。聖さんは最下位だったか……」
「言わないでっ! こ、今回こそはたぶん大丈夫だもんっ」
まだ三問解いただけだが、もう聖さんは雑談モードに入っている。
やっぱり俺に教師は向いていない気がする。甘やかすことならできるんだけど……厳しく指導、というのがどうしても苦手だ。心陽ちゃんにも言わないといけない時は言っているつもりなのだが、それだけでも結構なエネルギーを使うんだよなぁ。いい加減の怒り方って、やっぱり難しい。
今も、聖さんに勉強してとちゃんと言うべきなのかもしれない。
しかし、ひめが来るまでならいいかと思ってしまう自分がいた。これが優しさではなく、甘さでしかないことに自覚はある。
ただ、生粋のスイーツ系女子である聖さんにとっては、この甘さも決して悪くはないのかもしれない。
「よーへーは落ち着くなぁ。ひめちゃんが懐くだけあるよ~……同級生の男子なのに、二人きりでも平気だもん」
……言われてようやく意識した。
そうだ。そういえば今って、聖さんと二人きりだった。
俺も、意外と彼女に慣れてきたのだろう。
ちょっと前までは二人きりになると緊張していた。さっきもお菓子を渡す時に指先が彼女の手に軽く触れた。それだけでも変に意識していた思うが、今は平気になっている。
そのせいか、聖さんもすっかりリラックスしていたみたいだ。
「……よーへーじゃない男子と二人きりは、さすがにきついかなぁ」
机に頬杖を突きながら、聖さんがそんなことを呟いた。
俺の方をじっと見ている……何を想像しているのだろうか。
「ねぇ、君には下心とかないの?」
「いやいや。急だなぁ」
冗談……のつもり?
いや、でもそれにしては少し、表情が引き締まっているように見えなくもなかった。
一応、ちゃんと答えていた方がいいのかもしれない。
下心か。うーん、そういう感情がまったくないというわけではない。かっこつけて下心は皆無です、と言いたいところだけど、俺はそこまで大人になれない。なんだかんだ男性なので、女性に興味がないわけじゃない。
ただ、この場においてはそういう感情がないということは断言できた。
「下心はない……と言うより、その感情を抱く意味がないとは思ってるかも?」
「へー。それは、よーへーがロリコンさんで、私に興味がない――って意味?」
「ロリコンじゃないって……まぁそれはいいや」
俺の性癖については、今後の行動で判断したもらうことにして。
とりあえず今は、下心の有無について明確にしておこう。
「俺、友達が少ないから……聖さんとは、仲良くしていきたいという感情の方が強いのかもしれない。あと、ひめのお姉さんだし、単純に嫌われたくない」
ただそれだけのことだった。
これからも、親しい関係でいたい……ってだけである。
だから、決して俺が素晴らしい人間というわけじゃない――。
//あとがき//
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