第百四十三話 聖さんは意外と卑しい

 テストはもう三日後に迫っている。

 だというのに、勉強のペースが順調なおかげか聖さんはサボろうとしている……余裕があるわけではないんだけどなぁ。


 油断すると赤点を取ってもおかしくない。そんな立ち位置にいることを、彼女は恐らく気付いていない。


(……ひめがまだ来ていないけど、勉強を始めておこうかな)


 あの子がお手洗いに行っている間、聖さんは机にもたれかかって寝ようとしていた。一度寝たらお菓子を餌にしないとなかなか起きないので、意識がなくなる前に声をかけておく。


「聖さん、少しでいいから英語の単語でも覚えておかない?」


「えー。めんどくさいなぁ~」


 もちろん、彼女が二つ返事で了承するなんて思っていない。


「ちゃんとお菓子もあるよ」


「……ふ、ふーん? ちなみに何を持ってきたの?」


「今日はグミにしてみた。チョコレートが多いから、たまには気分転換にいいかなって」


「グミね。なるほど、グミか~……あー、そっかそっか。うんうん、グミね」


 あれ?

 思ったよりアクションが芳しくない。もしかしてグミは嫌いなのだろうか……美味しいんだけどなぁ。


 専らチョコ派なので俺も頻繁には食べないのだが、たまに食べるとすごく美味しく感じる。種類も多い上に、それから実はカロリーも結構控えめなのでお得だ。まぁ、俺は食事量も考えてお菓子は食べているので、体重もそこまで大きく増えないんだけど。


 しかし最近……聖さんは少し、食べすぎているように見えなくもない。

 もちろん勉強期間は10日程度なので、見た目に変化があるわけじゃないのだが……ちょっと心配になった、というのもグミを持ってきた理由の一つだ。


 しかし、聖さんのリアクションを見て失敗かなと一種不安になったのだが。


「一個食べてみていい? 味見させて……私、グミは味によって好き嫌いあるんだよね~」


「あ、そうなんだ。どうぞ」


「――かかったな! 実はグミも全部大好きでーすっ。ふっふっふ、まんまと騙されてくれて感謝だよ~」


 ……グミを俺から奪いたいだけのようだった。

 微妙そうな顔をしていたのは演技ということだったらしい。味見という言い訳を作ってまで一個食べたかったんだ……い、卑しいと思ってしまってごめんなさい。


「ひめちゃんならこうはいかなかったから、よーへーはチョロくて助かるなぁ~」


「……まぁ、グミが嫌いじゃなくて良かったよ」


 一個くらいどうってことないか。

 意味もなくあげすぎると、ひめが敢行しているドッグトレーニング作戦の邪魔になるのだが、この程度なら影響はないだろう。


「味はどう?」


「すっごく美味しい! よーへーはお菓子選びのセンスがいいね~。いつも美味しいものを持ってきてくれて感謝だよ」


「そう言ってくれると嬉しいよ」


「うん! じゃあ、もっと食べたいから勉強しよっかな~」


 ……すごいなぁ。

 ひめの思惑通り、聖さんは『勉強をするとお菓子がもらえる』とすっかり学習している。逆に言うと、お菓子をもらうために勉強をするようになっている。


 彼女は人一倍食欲が強い。だからこそ、お菓子と勉強が結びついたことは大きい。

 おかげで、勉強に対する敷居がかなり低くなっているように見えた。以前ほど嫌がらなくなったのである。


「この私にかかれば、英語の単語くらい楽勝だよね~」


 ただ、少し調子に乗っているところが不安ではあるものの。

 今のところ、まだなんとか手綱は握れている状態だ。この調子を維持できるように、ひめと協力して俺も目を光らせておかないと――。

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