第百三十七話 天才幼女は打たれ弱い
「陽平くん、助けてください」
ひめがちょっと涙目になっていた。
聖さんにうまく勉強が教えられないことが悔しいのか。あるいは、自分の不甲斐なさが辛いのか……その悲しそうな表情を見て、胸がキュッと締め付けられた。
ひめってもしかして、意外と打たれ弱いのかな?
天才であるが故に彼女は能力が突出している。特に勉学において苦労したことはないはずだ。だからこそ、分からない事象に慣れていないように見えた。
「う、うん。任せて」
動揺しながらも、せめて安心してほしくて力強く頷いておく。
虚勢も混じっているのだが、ひめはそれを見てちょっと表情を緩めた。かわいい。
「……よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げてから、ひめは聖さんの隣から席を立った。代わりに、俺に向かって『ここにどうぞ』と促してきたので、聖さんの隣に腰を下ろした。
さて。人に物を教えられるような人間ではないのだが、ひめの期待に応えるためにも精一杯頑張ろうかな。
「聖さん。どこから教えた方がいいとか、希望はある?」
「全部」
「……これは『つぎ』って読むんだよ。これは『とい』って読む。あとこれは『とく』って漢字。だからこの問題文は『つぎのもんだいをときなさい』っていう文章になるね」
「そこはさすがに分かるもんっ。数学の問題で国語を教えないでっ」
なるほど。さすがにそのレベルではなくて安心した。
さっきは『字が読めない』と言っていたので、少し不安だったのである。
さすがに舐めすぎていたらしい。良かった、とりあえず致命的ではなさそうだ。
「……因数分解って分かる?」
「ごめんね。日本語でおけー?」
「英語の授業じゃないよ。数学だから」
国語だったり英語だったり。数学なのにおかしな話である。
「中学で習ってるはずだけど」
「……?」
因数分解そのものは中学で既に習っていたはず。
今回の試験範囲では高次元の因数分解が問題文として出されるので、そのあたりを押さえておけば赤点は回避できると思う。ただ、聖さんはやっぱりよく分かっていないようだ。
「ほら。公式とかいっぱい使うやつ、覚えてない?」
「あー……なんかやったことあるかも?」
ただ、聖さんもなんだかんだ、この学校に受験で合格しているのだ。解いていないわけはない。
とはいえ、因数分解は原理を理解しているのではなく、公式を丸覚えして解いたのだろう。だからそもそも、因数分解が何なのかもよく分かっていない――というように分析した。
聖さんの気持ちは、正直なところ俺もよく分かる。
何せ、俺も因数分解が何なのかイマイチよく分かっていないからだ。テスト前に公式を丸覚えしたのは俺も同じなのである。
「とりあえず、このページの公式を使えば解ける問題だよ。ゆっくりでいいから、やってみよう」
「……よーへー、こっちの公式?」
「いや、その下のやつかな。式の形を見たら分かるよ」
「あ! これか~」
勉強を教える、ということはかなり難しい。ちゃんとその教科について理解していないと、教えることができない。そういった意味で、俺にはやっぱり教師は向いていない。
ただ、俺にでも伝えられることがある。
それは――点数の取り方だ。
理解していなくても、テストで点数を取ることは可能である。
学校側も赤点の生徒はなるべく出したくないわけで……どの教科でも、公式や単語などを丸覚えすれば一定の点数を獲得することは可能だ。
それを取っているからこそ、そこまで優秀じゃない俺でも平均点は取れているというわけである。
「で、できたっ。これでどう?」
「うん、当たってる。聖さん、いい調子だ」
「おー! やったぁ~♪」
ただ、教科書の公式に従って解くだけ。
それなら聖さんにだってできる。時間は少しかかったが、ちゃんと一問目を解いていた。
よしよし。この調子なら、赤点も多分大丈夫である――。
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