第百三十六話 『分からない』が分からない

 テストまで残り十日に迫っていた。


 うちの学校は期末テストを終えてすぐ夏休みに入る。

 長期休暇目前の、最後のひと踏ん張り。夏休みというご褒美を目前にすることで、試験へのやる気も上がる――という狙いのスケジュールなのだと思う。


 まぁ、とはいえ俺たちの通う『白雲学園』はレベルの高い学校ではない。

 試験も決して難しくないので、普通に試験勉強をすれば赤点を取ることはまずない。教科によってバラツキはあるものの、平均点はだいたい70~80くらいに収束する。


 そして俺はほとんどの強化において平均点を取れるという、地味な意味でオールラウンダーなので、試験が迫ってもまったく焦ることはなかった。


 悪くもない。もちろん良くもない。努力していない訳じゃないのだが、必死になっているわけでもない。試験はだいたい、そうやってやり過ごすのだが。


 今回は聖さんに勉強を教えることになった。

 はたしてうまくできるのだろうか……今年は少し、たいへんな期末テストになる予感がした。





「お姉ちゃん。この問題を解いてみてください」


「う、うん。分かった……やってみるね」


 放課後。空き教室の利用許可をもらった翌日から、早速俺たちは勉強会を始めた。


 普段は久守さんが新聞部の活動場所として利用しているらしい、空き教室。俺も以前に一度、取材という名目で来たことがある。あの時から変わらず教室の壁際には、文化祭や体育祭で使用されているのであろう備品が保管されていた。


 一昔前は生徒数も多く、この教室も使われていたみたいだが……少子化のあおりを受けて物置になってしまったのだろう。ただ、備品がほこりをかぶっていないのは、久守さんが小まめに清掃と換気をしているからかもしれない。ああ見えて意外としっかりしているんだよなぁ。


 ちなみに、この空き教室を紹介してくれた久守さんはいない。遅れているわけでもないようで、そもそも来る意思もないらしい。聖さんに『学校付近の美味しいスイーツ店ベストスリーを決めてくるっす!』という連絡だけあったそうだ。テスト前なのに自由すぎる。


 と、まぁそんな感じでお勉強会が始まったわけだが。


「無理。文字が多すぎて読めない……読めないよぉ」


 勉強を開始してからもう三十分ほど経過している。

 しかし、聖さんの手が全く進まない。そのことにひめの方が難しそうな顔で唸っていた。


「お姉ちゃん、これは数学問題です。文字を読む必要はありません」


「分かんない……えっくすってなんなのっ」


「未知数です」


「みちすーってなに?」


「変数です」


「へんすーってなんなの!?」


「…………うぅ」


 二人とも、なんでこんなに苦しそうなのだろうか。

 聖さんは勉強が分からなすぎるすぎるせいで、それからひめは教え方が分からなすぎるせいで、もうお手上げ状態だった。


 なるほどなぁ。ひめが俺に助けを求めた理由も分かった。

 ひめと聖さん……性格的な相性はいいと思うのだが、教師と生徒という関係性になると絶望的に相性が悪いようだ。


 天才であるが故に、理解の早いひめにとって『問題の意味が分からない』という感覚はなかったのだろう。彼女は聖さんの前に立ちはだかっている壁の存在すら認知できていない。そのせいで教え方が分からないわけだ。


 そして聖さんも、自分が何を分かっていないのかが分かっていないので、うまく説明することができない。


 だから、ひめという天才がいながら、去年の聖さんは赤点を取ってしまったようだ――。




//あとがき//

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