第百三十五話 あの媚びの売り方……只者じゃないっすよ
――空き教室の利用許可は、思ったよりも簡単にもらうことができた。
「星宮さんのご要望でしたらご自由にどうぞ!」
と、いう校長先生の一声で決定したのである。
お願いを申し出たのは聖さんだが、一緒にひめがいるだけでこの腰の低さ。還暦を間もなく迎えるというのに。まだ二桁のいかない年齢の子にへこへこできる校長先生は流石だった。
「あの媚びの売り方……只者じゃないっすよ」
俺と久守さんはその様子を少し離れた場所から見ていた。校長は人によって態度を変えるタイプの大人なので、一般生徒がいない方がいいだろうというひめからの提案である。
「只者じゃないって、どういうこと?」
「たぶん、出世のために自分の能力を向上させるのではなく、上司のご機嫌を取ることに特化した人間っすね。自分より力の強い人間にごまをすって生きてきた者の腰の低さっすよ……あたしなんてまだまだっす」
「……そっか」
この話を広げても共感は難しそうなので軽く聞き流しておいた。
さてさて、ひめの想定通り俺たちがいないおかげで話はスムーズにまとまったようだ。
そんなこんなで、もう時刻は夕方である。
すっかり遅くなっていつもの帰宅時間になっていた。空き教室の利用許可をもらえたとはいえ、実際に勉強するのは明日からとなるだろう。
「じゃあ、あたしはもう帰るっす! うへへ……星宮聖先輩に媚びておけば新聞部も安泰っすね~」
諸々が落ち着いたのを見計らって久守さんも帰宅した。
満足そうにスキップをしながら帰っていく久守さん。よく通る上に元気な声のせいか、帰り際の独り言も耳に入ってきて思わず苦笑してしまった。
もちろん、当の本人もその一言は聞こえていたわけで。
「久守ちゃんは相変わらずだな~。生徒会室にも毎日来ては、部費やら遠征費やらもらおうとして生徒会長に怒られての」
「……怒られているにしては、すごく楽しそうに生きてるね」
「まったく懲りてないんじゃないかなぁ? ずっとあんな感じで明るいから、ついつい怒られてると庇っちゃうんだよね~」
そう言いながら聖さんは笑っていた。
久守さんのことを後輩として可愛く思っているのかもしれない。頼られることが嬉しそうに見えた。
「ひめちゃんも珍しく人見知りしないしね」
「……久守さんは、お姉ちゃんに似てますから」
帰り道。廊下を三人で歩きながら軽く雑談を交わす。
足取りはすごく遅い。小柄で歩幅の小さいひめにペースを合わせてる、というよりも……もう少しだけ話していたくて、速度を緩めていた。
「私に? えー、似てないよ~。私はもう少し大人っぽいもーん」
「似てますよ。明るいところとか、ポジティブなところとか、少し強引なところとか……雰囲気がそっくりです」
ひめもやっぱりそう感じていたんだ。
俺も、久守さんと聖さんは性格が似ていると思う。ひめが久守さんに人見知りしないのもそれが理由なのかなと思っていたが……予想通りだったらしい。
「え。私ってあんなにおバカっぽい雰囲気出てるの!?」
「おバカだなんて言ってません……たしかにお姉ちゃんの成績は悪いですが」
「おバカって言ってるじゃんっ。酷いよ、もーっ」
あ、ふてくされた。聖さんが面白くなさそうな顔でブスっとしている。
その表情を見て、ひめは仕方ないなぁと言わんばかりに肩をすくめた。
「……でも、そういう明るい人がわたしは大好きですから」
「――ひめちゃん、好き!」
相変わらず、聖さんは妹に甘い。
一瞬で機嫌を直してひめと手を繋ぐ聖さん。そんな仲のいい姉妹を見ながら、俺もつい笑ってしまった――。
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