第百三十四話 ごますり上手の久守さん

 久守さんの提案は、少なくとも俺には出ない発想で興味深かった。


「教室の利用許可か……もらえたら確かに、放課後も勉強できるけど」


 規則が理由で難しいのであれば別の手段を考える。しかし教師のさじ加減の問題であれば、問題はないように思えた。


「でも、他の生徒たちの目もあるんで、この教室だと厳しいかもしれないっすね。星宮先輩も、あからさまに贔屓されている感じがしていい気持ちがしないと思うっす」


「まぁ……そうですね。人目につくのは避けたいです」


 久守さんと一緒に、ひめも思案するように何やら考え込んでいる。

 ……正直なところ、この子の感情次第な提案だと思う。通常なら許可されないことだと思うので、ひめの権威を利用するという風にも見えるだろう。


 だから、少しでも嫌がるそぶりが見えたら却下しようと思っていた。

 とはいえ、今のところは無表情なのでよく分からない。なので、もう少し様子を見てみることに。


「勉強場所なんすけど、新聞部が部室代わりに使っている空き教室とかどうっすか!? 最上階にある上に、フロアの隅っこなんでオススメっすよ。普段は吹奏楽部の子が隣の空き教室で活動してるんすけど、テスト期間ならたぶん来ないっす!」


 久守さんが色々と提案してくれている。

 意外と献身的というか、俺たちのことをよく考えてくれていた。


 別に悪く言うつもりはないんだけど、こういうズル賢い案はあまり考えてこなかったので、脳が考え慣れていないのだ。久守さんの発想はすごくありがたい。


「というわけなんで、星宮聖先輩……色々協力するんで、何卒新聞部のことはご贔屓にお願いできないっすかね~」


 ……あ、そういうことか。

 献身的じゃなくて打算的なだけだったみたいである。


 さっき、新聞部の活動が危ういと言っていたことを思い出した。あの伏線はここで回収されるらしい。


 生徒会副会長の聖さんに媚びを売るために、協力を申し出てくれたようだ。


「うふふ。そういえば久守ちゃん、会長にめちゃくちゃ怒られてたね~」


「そうなんすよ! だからどうか、副会長の権限でお守りくださいっす……なんでもするっす! 靴までなら舐められるっすよ!」


 そう言いながら、久守さんは聖さんの肩をもんでいた。

 ごまをするのが上手い。というかそもそも彼女にはプライドが存在しないのかもしれない。ひめにペット扱いされても楽しそうだったなぁ……そんな彼女を見ていると、つい笑ってしまった。


 そしてどうやら、ひめも俺と似たような気持になっているようで。


「……なんだか、ちょっとだけドキドキしますね」


 ひめが俺の方を見ながら、そんなことを呟いた。

 胸元に手を当てていながらも、その表情は柔らかい。


「でも、たまには悪い子になるのもいいかもしれません」


 ルール的には問題ない。

 ただ、ドキドキするということであれば、ひめはやっぱり後ろめたさがあるのだろう。


「まぁ、これに拘る必要もないよ。別の手段を考えてもいいと思うけど」


 それとなく、ひめにもう一つの選択肢を提示する。この案に無理に乗らなくてもいいんだよと伝えたのだが、ひめはゆっくりと首を横に振った。


「いえ、この案でいきましょう」


「……本当に大丈夫?」


「はい。だって……こうしないと、陽平くんと過ごす時間が減っちゃいますから」


「――っ」


 その言葉に、今度は俺がドキッとする番だった。

 不意打ちだった。つまり、ひめがこの案を了承した理由は……俺のため?


「これでテスト期間でも、ずっと陽平くんと一緒です」


 他意はない。

 ひめはいつ通りも無邪気だ。


 彼女はただただ、純粋に俺と一緒にいることを望んでいただけなのである。

 その素直な気持ちに、なぜかドキドキしてしまっていた。


 ……俺もかなり、ひめの可愛さに魅了されているのかもしれない――。

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