第百三十八話 ナマケモノおねーちゃん
思っていたよりも聖さんの物分かりがいい。
そう言えば前に、記憶することが苦手と言っていたが……今みたいに教科書を見ながらであれば、公式を使って問題を解くことはできるのかもしれない。
もちろん本番では教科書を持ち込めないので、覚える必要があるけれど。
しかし、テストまであと九日もある。毎日反復して解いていれば、主要な公式は覚えられると思う。
何せ、数学の問題で大切なのはたくさん問題を解くことだ。
覚えようとせずとも、その過程で勝手に脳に刻まれる。嫌でも数式が頭をぐるぐるする。数学とはそういうものなので、聖さんだって同じように覚えてくるだろう。
そんなことを考えて、数学に関しては一安心かな――と思ったのだが。
「ふぅ、がんばった~! よーへー、休憩しよっか」
「え? もう?」
まだ三問しか解いていない。
しかし聖さんは満足そうな表情で額の汗を拭うそぶりを見せていた。冷房が効いてるんだから汗をかく気温ではないけど……知恵熱? いや、よくよく見ても汗はやっぱりかいていない。あと無駄に綺麗な見た目をしているので、あまり直視できなくてすぐに見えるのはやめた。そういえばこの人、美少女だった。気を付けないと。
「あー、つかれたぁ」
「……疲れたなら仕方ないか。えっと、そうだ。糖分補給であれを持ってきてたんだった」
慣れない勉強で疲労の蓄積も早いのかな?
まだ初めて間もないけど、休憩に入ろう。そう思って、カバンからお菓子を取り出した。個包装された一口サイズのチョコレートがたくさん入っているやつである。勉強の合間に食べるのにちょうどいいので、この時期は常備してある。
「聖さん、どうぞ」
「お、チョコだっ♪ ありがとー!」
一つ手渡すと、満面の笑みで受け取る聖さん。
受け取った瞬間には速攻で口に入れていた。相変わらず勢いがすごい。
うーん。一つでは物足りなさそうだなぁ。
「……好きに食べていいよ。ここに置いておくから」
「いいの!?」
さっきまで勉強のせいで暗かった表情が今は明るい。
聖さんの近くに袋を置くと、次々とチョコを食べはじめた。
「あまーい♪ 勉強で脳を使うとやっぱりチョコがおいしーねっ」
「……まだそこまで脳を使っていないと思うのですが」
ご機嫌な姉とは対照的に、ひめの表情は未だ暗いままだった。
あれ? 一応、勉強が順調なので多少なりとも喜んでくれているかなと期待していたのだが……何か心配しているのか、彼女は姉をジッと見つめている。
「やめられない。とまらなーい」
「……スナック菓子ではないですよ」
そうひめが指摘しても、聖さんはどこ吹く風。
勉強の合間に食べてという意味合いで渡したチョコレートは、しかしいつしか食べることがメインになっているような気がした。
「聖さん? そろそろ休憩は終わって、勉強を……」
「もうちょっとだけ!」
……正直なところ、俺は聖さんを舐めていた。
そして俺は思い知ることになる。
この人が本当に大変なのは、記憶力ではないことを。
むしろ頭の回転はそこまで悪くない。ちゃんと手順さえ教えてあげれば数学の問題だって解ける。
何せ聖さんは、ひめと同じ血が流れているのだ。頭が悪いわけはない。
だというのに、成績が低い理由がある。
それは、彼女の性格が原因だった。
「……すやぁ」
油断していた。数学のテスト範囲を確認するために、ちょっと目を離した隙に聖さんは目を閉じていた。
「え、寝てる!?」
「……はぁ。毎回、こうなんです」
ひめはお昼寝タイムに入った姉を見て、呆れたようにため息をついていた。
「やる気がないというか、すぐにサボるのです。お姉ちゃんはナマケモノさんなので」
……聖さんの怠け癖。
それが、赤点を取ってしまう一番の理由みたいだ――。
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