第百二十四話 幼女のぬくもり
――七月上旬。
季節的には夏。最高気温が30度を超える日が徐々に増えてきたにも関わらず、梅雨もまだ終わっていないので蒸し暑さにも苦しめられるそんな時期。
一応、あと一週間で梅雨は終わるのでマシになる……わけないか。逆に今は曇天のおかげで遮られている太陽光の被害に今度は悩まされることになるのだろう。
夏はあまり好きじゃない。
汗をかくのがとにかく不快だ。冬は寒いなら着こめばいいのに、夏は脱ぐことができないから困ったものだ。
せめて冷房の効いた室内にずっといたい。だけど学校があるのでそうもいかない。登下校が本当に憂鬱だ――というのはまぁ、去年までの話である。
夏はもちろん苦手なままだ。しかし、今は学校に行くことに不満はない。
なぜなら、あの子と会えるから。
「陽平くん、そろそろテストですね。お勉強はしていますか?」
「うん。一応、少し少しずつやってるよ」
「偉いですね。さすが陽平くんです……ちなみにうちのお姉ちゃんは何もやっていません」
「……だ、大丈夫かなぁ」
放課後の教室で、いつものようにひめとオシャベリをしていた。
もちろんお菓子も食べながら、である。今日は小枝の形を模したチョコを持ってきていた。味はひめも気に入ったようで、さっきから美味しそうに食べている。
いつものように、俺の指から直接もぐもぐと咀嚼していた。
しかしながら、気温が高いせいか少しチョコが溶けているのが申し訳ないなぁ……ひめは気にしていないと言うか、なんなら俺の指ごと食べようとしてたまに小さな歯が当たる。まだ生え変わっていない乳歯はとても小さいのか、痛くない。というかむしろくすぐったい。
そして相変わらずひめはかわいい。
夏は嫌いだけど、今年はこうやってひめに癒されているので不快度は小さかった。
「そういえば、ひめは勉強ってするの?」
「いえ。習ったことは全て覚えているので……ただ、お姉ちゃんに勉強を教えないといけないので、すごく大変な時期ではあります」
「え? でも、聖さんは勉強してないってさっき言ってたけど」
「……訂正します。勉強をしてください、とやる気を出してもらうのに忙しいです」
勉強を教える以前の問題だった。
聖さんは勉強嫌いみたいだしなぁ……ほんわかしているけど意思がしっかりしているというか、意外とわがままで頑固なのである。勉強のやる気を出してもらうのも大変そうだ。
「がんばっているのですが、なかなか難しいです」
「ひめにも難しいことってあるんだ」
「わたしにも分からないことはありますよ? たとえば、お姉ちゃんの思考とかです……なので、このテスト期間中はすごく疲れます」
そう言いながら、ひめは俺の方にグッと身を寄せてきた。
頭を撫でやすい位置に持ってきている。この仕草は『撫でてほしい』という合図だと分かっているので、お菓子をあげていた手とは反対の手でそっと手を置いた。
「ひめはよくがんばってるよ。お疲れ様」
「……えへへ。疲れが吹き飛んじゃいました」
ひめが笑った。無邪気な笑みにつられて、こっちまで頬が緩むほどにあどけない表情だった。
この前、俺の家に遊びに来て以来、ひめはこうやってよく甘えてくるようになった。この子との距離感も更に縮まっているように感じる。
(……暑いけど、やっぱり嫌いじゃないなぁ)
他人にくっつかれると少し暑さは感じる。
しかし、ひめの温もりはまったく不快じゃない。むしろ癒されるから不思議なものだった――。
//あとがき//
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