第百二十二話 今が幸せなら
ひめが心陽ちゃんに抱く印象は、すごく興味深いものだった。
八歳でありながら大人びている星宮ひめという少女は、当たり前だが只者ではない。少なくとも凡人の俺がすぐに理解できるような人間ではない。
だから、この子についてまだ把握しきれていないことも多い。
感情が分かりやすく表に出るタイプでもないので、まだまだひめについて知らないことたくさんある。
だから、こういう機会は逃したくない。
ひめについてもっと知りたい。この子のことを、理解してあげたい。
そう強く思っているからこそ、俺は無意識のうちに質問を投げかけていた。
「ひめ、同世代の子とは昔からあまり話したことがないの?」
先ほど、この子は『同世代の子と会話したことがない』と言った。そのあたりについて、詳しく聞いてみたいと思ったのである。
だって、普通に生きていたら同世代の子と話さないわけがない。
しかしひめは、普通ではないわけで。
「6歳の頃にはもう大学の方に通っていたので……そもそも同世代の子が周囲にいませんでした」
この子は去年、七歳の頃にこの学校に入学している。
それ以前で海外の大学に通っていたと言うことになるので、それもそうか。
「あ、でも……保育園には一時的に通っていたことがありますね。三歳の頃ですが、その時期には同世代の子と一緒にいました」
「さ、三歳かぁ」
さすがに昔すぎる。
心陽ちゃんが三歳の頃はたどたどしくもオシャベリができるようになってはいた。とはいえ、たとえば『ワンワン、いた!』とか『おなかぺこぺこっ』とか『よーちゃんすきっ』など、その程度である。
だから、会話は難しい年齢だろう。
「ただ、当時からこんな感じの口調だったので、保育士の皆さんを怖がらせてしまって……」
「怖がる? なんで?」
三歳の時点で言語を修得していたことには驚くべきだと思う。
しかし、それ以上に……周囲の反応の方に納得がいかなくて、ついそこが気になってしまった。
「三歳なのに、流暢にお話する幼児は不気味だったのだと思います。避けられていたことはよく覚えてますね」
ひめは淡々と話している。
もう昔のことだし、まったく気にしてもいないのだろう。平然と語っているし、この件に関して何かしらの感情を抱いているようにも見えない。
でも俺は、すごく胸が痛くなった。
「かわいげのない子供だったのです。仕方ないことですから」
「……俺はっ!」
そんなこと言わないでほしい。
ひめがかわいくないだなんて、そんなこと有り得ない。
前にも言ったことがあるのだが、今だってこの気持ちは変わらない。
「――ひめのこと、すごくかわいいって思ってるよ」
だって、奥手な俺がこんなことを思わず言いたくなるくらいには。
甘えられるたびに胸が温かくなるし、懐いてくれたことに舞い上がってつい毎日お菓子を買ってしまうし、ひめと会うことが楽しみで学校に行くくらいには。
ひめのことを、かわいく思っている。
……その気持ちを、ひめはちゃんと理解してくれていたようで。
「はい。知っています……だから、昔のことはまったく気にならなくなりました」
そう言って彼女は、照れたように笑った。
「だって、わたしのことは陽平くんがかわいがってくれますから……えへへ」
気を遣った笑顔なんかじゃない。
心から嬉しそうな笑顔。
その表情に、胸の痛みがすっと治まった。
良かった。ひめが今、幸せだと思ってくれているのなら……本当に、良かった――。
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