第百二十一話 心と体の乖離

 ひめは既に海外で大学の卒業資格を修得したらしい。

 本人から直接そのことについて聞いたことは無いので、詳しいことは分からない。ただ、日本の学校にわざわざ通いなおす必要がない、ということは理解していた。


 高校に通っているのは、聖さんと一緒にいたかったからみたいだし……もしかしたら、本人が望めば小学校にだって通えるのかもしれない。


 それなら――と思ったのも束の間。

 ひめが、ぽつりとこんなことを呟いた。


「……不思議な感覚でした」


 片手で俺の手を握って、もう片方の手で自分の胸に手を当てているひめ。

 何かを思案しているのか、深紅の瞳は閉じられている。


 まるで、自分自信の内側を見つめているかのように。


「正直なところ、心陽さんが何を言っているのか半分くらい分かりませんでした」


 そして俺は、自分の思い違いに気付くことになる。

 この子はやっぱり『特別』な人間であることを、思い出したのだ。


「分からないって……じゃあ、どうやってお喋りしてたの?」


 びっくりした。会話だって盛り上がっているように見えた。

 でもひめは、心陽ちゃんの言葉をうまく理解できていなかったみたいだ。


「言葉ではなく感覚で分かるというか、理解できる感じが……すごく不思議でした」


 心陽ちゃんはまだ言葉が拙い。

 六歳という年齢なので、語彙力がそもそも少ない。だからこそ感覚的に話すのは仕方ないことで、年相応とも言える。


 子供とはそういうものだと認識していたので、気になったことはない。

 ただ、よくよく考えてみると……たしかに、幼い子供の感覚的な言葉は、時折理解が難しいことがある気がした。


「同世代の子と会話したことがないので、驚きました……あ、もちろん悪い意味ではないですよ? えっと、心陽さんをバカにしているわけではないです。ただ、えっと……」


 分かっているよ。ひめが心陽ちゃんのことを本気で友達だと思っていることも、理解している。悪くなんて捉えていない。そこまで俺はひねくれていない。


「大丈夫。ひめがそんな子じゃないのは知ってるから」


 安心してほしくて、そう伝えた。

 すると彼女は安堵したように息をついて……そして静かに、言葉を続けた。


「やっぱり、陽平くんがいてくれたおかげですね」


「……俺のおかげ?」


「はい。心陽さんと仲良くなれたのは、陽平くんがいてくれたおかげです。何があってもきっと陽平くんが助けてくれると思ったから、ちゃんと心を開けたのだと思います」


 でも、それがなかったら。

 俺がいない場所で、心陽ちゃんとひめが出会ったとするなら……もしかして、あんなに仲良くなることはなかったのだろうか。


「心陽さんのことは大好きになりました。でも、やっぱり少し不安にもなりました……陽平くんがいない場所だと、同世代の子と仲良くなれるのかな――と」


 その話を聞いて、思い直した。


(精神年齢と肉体年齢が違うって、こういうことなんだ)


 同世代だからこそ、心陽ちゃんに感覚は近い。

 でも、ひめの精神年齢は八歳ではない。だからこそ、意思疎通を頭で理解ができていない。


 心と体の乖離がある。

 どちらに合わせるべきなのかと言われたら、やっぱり……心の方が、精神的には健全なのかもしれない。


(だから……ひめのご両親は、この子を高校に通わせているのか?)


 少し気になっていた。

 彼女が高校にわざわざ通っている理由。


 聖さんの隣にいたいから、というのは大きな要素の一つではあるだろう。

 しかし、他の子供と同じように小学校に通わせないのは……そういう配慮もあるのではないかと考えてしまった。


 やっぱりひめは、特別な子なんだ。

 そのことを、改めて実感したのである――。




//あとがき//

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