第百二十話 一生懸命なオシャベリ
「ゲームを遊んでいる途中で、陽平くんが眠っていることに気付きました」
ひめが俺の手を握りながらお喋りを続けている。
俺の目をまっすぐ見つめて、まだたくさん伝えたいことがあるんだと言わんばかりで。
「それで、あの……ゲームを、しててっ」
その様子が、とても一生懸命に見えた
『もう時間も遅いし帰った方がいいんじゃない?』
俺がそう言うことを恐れているように感じる。
もっともっと、一緒にいたいというひめの気持ちがひしひしと伝わってくる。
だから、安心してほしくて俺も相槌を打った。
「そういえば、勝負はどっちが勝ったの? 決着する前に寝ちゃってて」
大丈夫。聞いてるよ、と。
ひめの話に興味があるよ、と。
そんな意思表示も含めた問いかけの言葉に、ひめはどこか安堵したように笑って……ゆっくりと、答えてくれた。
「……寝ていたのですか?」
「うん。ぐっすり……いや、でも心陽ちゃんの叫び声は聞こえたんだよなぁ」
あれが勝利の雄叫びだったのか、敗北の慟哭だったのかは不明である。
俺が本気で分かっていないと、ひめは理解したのだろう。ちょっとほっぺたを赤くしてそっぽを向いてしまった。
「内緒、です」
「も、もしかして、ひめが勝ったってこと?」
「だから、内緒です」
どうして頑なに教えてくれないのか。
その理由はたぶん……勝利のご褒美が理由だろう。
「……ちゅーした?」
「それも、内緒です」
くっ。やっぱり俺の浅はかな誘導尋問には答えてくれなかったか。
なんとなく、ほっぺたに何かされた記憶がある。その実行主を探るために勝者を聞きたかったのだが、ひめにはぐらかされてしまった。見抜かれているんだろうなぁ。
嘘をつくのが苦手な心陽ちゃんがいる時に聞くべきだったか。
「えへへ。心陽さんとわたしだけの秘密ですから」
いや、心陽ちゃんがいてもこの様子だと教えてくれないかもしれない。
どうやら二人で秘密を共有したようだ。
それなら仕方ない。詮索しても答えてくれそうにはないし……まぁ、真相を知るのが怖いという気持ちもあるので、これ以上の言及はよしておこう。
ま、まさか二人同時とかはないよな……うん、ないない。
あの独占欲の強い心陽ちゃんがキスをするのを許すとは思えないし、ひめもなんだか機嫌が良さそうに見えるので、二人が満足するような選択肢を取った――なんてことを考えても本当の答えはひめと心陽ちゃんしか分からないので、これ以上はやめておこう。
「ゲームが終わってから、ひめたちもお昼寝することにしたんだ」
「いえ、対戦が終わってからはお話などもしてました。心陽ちゃんの学校であったこととか、すごく興味深かったです」
「へー。心陽ちゃんの学校、か」
六歳のあの子が通っているのは、もちろん小学校である。
本来なら、八歳のひめが通うべき場所でもあった。
「通ったことがないので、すごく興味を惹かれました。うさぎさんを学校で飼っているらしくて、野菜を食べているところがすごく可愛いみたいですよ。あと、給食で出てくるカレーと揚げパンが大好物らしくて、すごく美味しいと力説されました」
「……そうなんだ」
飛び級して高校に通う、ということが特殊なので俺はその気持ちを共感してあげられない。
でも、なんとなく……ひめはやっぱり、小学校に通うべきではないかとも、考えてしまった。
心陽ちゃんとあんなに仲良くできたのだ。
高校に通うよりも、年相応の場所の方が楽しい日々を過ごせるのかもしれない――。
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