第百十一話 小悪魔な女の子
「……美味しい」
ひめに食べさせてもらった芽衣さんの手作りクッキーが思っていた以上に美味しくて、つい声が出てしまった。
俺にとってはサイズがやや物足りないのだが、食感がホロっとする系統で病みつきになる。甘さは控えめで、コーヒーや牛乳と一緒に食べたら更に美味しくなりそうだ。
「たくさんあるので、後でご家族でも食べてください……と、芽衣さんからの伝言です」
この味なら、俺の父母でも美味しく食べられそうだ。二人とも五十代なので食も太くないし、このくらいのサイズ感がちょうどいいだろう。芽衣さんはそこまで気遣ってくれていたみたいだ。気の利くメイドさんだなぁ。
「もう一つどうぞ」
「ありがとう」
俺の様子を見て、ひめが更にクッキーを追加してくる。もう一枚食べたいと思っていたのですかさず食べたのだが……その様子を心陽ちゃんがバッチリ見ていたようで。
「こはるもっ! こはるのも食べてっ」
あ、まずい。ちょっと拗ねている。
ひめには怒ってないだろうが、心陽ちゃんのポテトチップスよりもクッキーの方が反応が良かったので、面白くないのだろう。
今度はとんがったコーンを口元にねじ込んできた。
「た、食べるよ。だから優しく……ね?」
クッキーを飲み込む暇がない。スナック菓子も一緒に追加されたので、口の中で味がぐちゃぐちゃだ。リセットするためにもジュースを飲みたいところなのだが。
「ほらっ。まだまだあるから、いっぱい食べて?」
心陽ちゃんは容赦なかった。
五本指それぞれにとんがったコーンを装着して、俺の口元に突き立ててくる。
さ、刺さないで……地味に痛いから。
「陽平くん、こちらもありますよ?」
ああ、まずい。
ひめもなぜか心陽ちゃんに対抗してきて、クッキーを差し出してきた。口の中は満員になりつつあるのに、これ以上入れるのはやや厳しい。
「……やっぱり心陽さんの方がいいのですか?」
くっ。そんなにしょんぼりしないでほしい。
こんな顔をされては、食べないという選択肢を取れるわけがない。
「い、いただきます」
無理矢理口の中に押し込んだ。もう味は分からない。というか咀嚼ができていない。いくらもぐもぐしてもまったく追いつかないペースで口の中にねじ込まれるのだ。
「よーちゃん、もっと!」
そして心陽ちゃんは負けず嫌いだ。
意地になって次のスナックを押し付けてくる。ちょ、ちょっと待って! さすがにもう入らないからっ。
「ほら、お口あけてっ」
「ふふっ……陽平くん、こっちも食べてくださいね?」
ムキになっている心陽ちゃん。
そして、思わずと言わんばかりに小さく笑ったひめ。
あ、もしかしてしょんぼりしてたのは演技だな?
ひめが困っている俺を見て笑っている。これはあれだ、イタズラをするときの顔だった。
断れない俺を見ているのがもしかしたら面白いのかもしれない。
あるいは、心陽ちゃんの幼児性につられてひめも幼さを解放しているのだろうか……二人の無邪気な小悪魔に、すごく翻弄させられていた。
(も、もう無理だよっ!)
口がいっぱいで言葉は発することができない。
なので目で二人に訴えかけたのだが、六歳と八歳にはそれが伝わらない。いや、正確には八歳の子には伝わっているだろうが、無視されているので意味はなかった。
「よーちゃん、ほら!」
「陽平くん、どうぞ?」
……もちろん、悪意がないのは分かっている。
ムキになっている心陽ちゃんも可愛いし、イタズラを楽しむひめも可愛い。
でも、お願いだから……せめて飲み物くらい飲ませてほしかった――。
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