第百七話 大人の味……?
心陽ちゃんがごくごくとジュースを飲んでいる。
気持ちの良い飲みっぷりについ見とれた。美味しそうに飲む子である。
「ぷは~っ! やっぱりこれだねっ。のどごしがいいにゃ~」
……お風呂上がりにビールを一気飲みする姉の真似かな。
そっくりすぎて、その情景を鮮明に浮かべることができた。義兄さんの影響力が小さすぎて、心陽ちゃんに姉の成分が凝縮している気がするのはさておき。
そうやって、あまりにも美味しそうに黒い炭酸ジュースを飲む心陽ちゃんを見たからだろう。ひめも、興味があるようで。
「陽平くん……黒い方をお願いできますか?」
悩んでいたけど、決定したみたいだ。
さて、どんな反応をするのだろう? そういえば黒い炭酸ジュースを初めて飲む人を見る、ということが初めてなことに気付いた。
もう飲み慣れている俺や心陽ちゃんではできないようなリアクションが見られるかもしれない。
そんなことを期待して、ひめのコップに黒い炭酸ジュースを注ぐ。
「ありがとうございます。それでは、いただきます」
コップを手渡すと、ひめが丁寧にぺこりと頭を下げる。
それからプラスチックのコップにちょこんと口をつけて、ゆっくりとコップを傾けた。
黒い液体がひめの唇に触れて、そのまま口内に流れ込んでいくのを見守っていると。
「――っ!?」
少量、口に含んだ瞬間だった。
ひめがくりくりの目を丸く見開いた。驚愕の表情を浮かべて、それからコップを持ってない方の手で俺の手をギュッと握った。
助けを求めるように、小さな指が手を握っている。
「だ、大丈夫?」
さすがにちょっと心配になるリアクションだった。
もう少しファニーなものを求めていたのだが、黒い炭酸ジュースの刺激はひめの想定よりもはるかに上だったらしい。
「けほっ、けほっ……く、口の中で、ジュースが爆発しました」
相当びっくりしたらしい。
微かにせき込んでいる彼女は涙目になっている。
……か、かわいい。
ひめが苦しんでいるのでこんなことを思うのは不謹慎かもしれないけど、涙目でこちらを見つめるひめがすごく愛らしかった。思わず守りたくなる可愛さである……もしかしたら、この気持ちが『父性』なのかもしれない。
「大丈夫? えっと、そうだ……お茶も持ってきてたんだ」
口直し用に持ってきていて良かった。
ピッチャーに入っている我が家特性の麦茶。なぜか母が茶葉の使用を渋って制限しているせいか、お茶の味がかなり薄めに作られている。色と香りがほのかにあるだけの水と言っても過言ではない。
まぁ、常飲するならこれくらい薄味の方が良かったりするのだろう。俺はすっかりこの味に慣れている。
それをコップに注いで、ひめに手渡してあげた。
「あ、ありがとうございます……ふー」
お嬢様のひめに、この薄味のお茶は口に合うか不安だったのだが。
ほとんど水に近い無味無臭なことが幸いしたのだろう。ひめは特に違和感を持っていないようなので、そのことに安堵した。
「炭酸ジュースは、わたしには早かったかもしれませんね」
「えー? すっごくおいしーのにっ」
「心陽さんは大人です。この味が分かるなんて、羨ましいです」
「えっ? こはる、大人かなっ!? にひひ~」
……はたして、この炭酸ジュースの味を好むのが大人かどうか。
むしろ好まない方が大人な気もするのだが、そこを指摘すると心陽ちゃんがふてくされるので、やめておいた――。
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