第九十六話 元ヤンキーのお姉さん
そういうわけで、ひめが家に遊びに来ることになった。
彼女とそのことについて話したのが昨日、金曜日の放課後である。
そして今日は土曜日。ちょうど休日を迎えたので、昨日の今日で急だがひめが遊びに来ることになったのである。
ちなみに両親は出かけている。今日は夫婦でディズニーなテーマパークにいるらしい。仲が良いのは百歩譲っていいんだけど、行く場所はもう少し落ち着いた場所であってほしいと子供視点での愚痴を言いたくなるのはさておき。
まぁ、ひめが来るので両親が不在なのはちょうどい。というか、二人がいなくなると分かっていたから、この日にひめを家に招いたわけだが。
「さて、と」
現在時刻、昼の十一時。
ひめは十四時くらいに来ると言っていた。家の場所はすでに伝えてある。芽衣さんが送迎してくれるらしいので、移動に関しては心配する必要はないだろう。
今の俺が考えるべきことは、部屋の掃除くらいだ。
まぁ……普段から散らかすタイプではないので、軽く掃除機をかけるだけで十分かな。綺麗好きとは言わないが、人並みの清潔感があって良かった。
よし、とりあえず部屋は片付いた。
ほかに考えるべきことは……ひめが遊びに来たら、何をやろうかな――と、思考を巡らしていた時だった。
『♪♪♪♪』
突然スマホが鳴った。
電話を知らせる音を耳にして、机に置いてあったスマホを手に取った。電話主は、うちの姉――大空日向。じゃない、結婚して苗字が変わったので、晴山日向か。
十歳年の離れた姉だ。今は二十七歳である。
実はニ十歳の頃に結婚していて、大分前に家を出ている。とはいえよくこの家にも遊びに来るので、仲は良好なのだが。
「もしもし?」
『もしもし陽くん? ちょっと急で悪いんだけど、うちの娘預かってくれない?』
「え」
まさかのお願いに、言葉が詰まった。
い、今から……あの子を!?
「姉さん、ちょっと急すぎると言うか……俺にも予定がっ」
『大丈夫! お菓子とかジュースとかいっぱい持たせてあるから、ちょっと面倒見てるだけでいいからっ』
「いや、えっと、ちょっ……!?」
姉さんは俺と違って、なかなか破天荒な人である。
とにかく強引で気が強い。面倒見がいいので姉御肌なタイプでもある。俺のことも年が離れているということもあってか、すごく可愛がってくれた。そのことにはは感謝している。
しかし、俺の話を全く聞いてくれないタイプでもあった。
こちらの事情なんてお構いなしなのである。
『ごめんね。急に仕事が入っちゃって……ああ思い出したらムカついてきた! あのクソババア、何が俳句教室があるから休むだボケっ。こっちは子育てて忙しいんだから休み取るならもっと事前に言えよオラァ!!』
「お、落ち着いて姉さん。ヤンキーが出てるからっ」
『……おっと。そうだね、ごめんごめん。つい昔の癖が出ちゃった。てへっ♪』
てへっ、で誤魔化せる圧ではなかった気がする。
地元では負けなし系の姉御はもうヤンキーなんて卒業したと言って結婚したけど、未だに感情が昂ると出てくるらしい。俺には優しかったけど、同級生の男子とかひれ伏してたもんなぁ……と、昔のことはさておき。
とりあえず事情は分かった。
姉さんが働いているパートの職場で急に欠員が出たということらしい。
「でも、今日は俺一人しか家にいなくて……父さんと母さんはほら、二人で出かけてるから」
『あー、そうなの? でも別に大丈夫でしょ。どうせ心陽はあんたとしか遊ばないし』
「俺一人だと甘やかしすぎちゃうかも?」
『今日は許す! 好きなだけお菓子とジュースをあげていいから、頼んだっ』
ああ、ダメだ。
どう足掻いても姉のお願いを断ることはできなさそうである。
いったいどうなってしまうのだろうか。
ひめが遊びに来るというのに、姪っ子も預かることになってしまったようだ――。
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