第九十五話 出会ってはならない二人

 ――もしかしたら、出会ってはならない二人だったのかもしれない。


「よーちゃんっ。この女はだれなのっ?」


「陽平くん……その子は誰ですか?」


 俺の部屋で、二人の幼女が火花を散らしている。

 一人がひめ。透き通るような白い髪の毛と、鮮やかな深紅の瞳がとても綺麗な女の子。

 現在八歳。学年は高校二年生。飛び級できるほどの天才的な頭脳を持ち合わせる幼女だ。


 そしてもう一人の幼女の名は、晴山心陽(はれやまこはる)。

 黒髪のツインテールがいつも揺れている元気娘。くりくりの黒い目がとても愛らしい六歳児。この子は年齢通り小学一年生であり、そして俺の姪っ子でもある。


 同級生の幼女と姪っ子の幼女が、たまたま家で鉢合わせになってしまった。

 二人が出会うことを予想していなかった俺は、大きく慌てていた。


「ふ、二人とも落ち着いて……!」


「よーちゃん、どーゆーこと? こはるのことは遊びだったの!?」


「なるほど……つまりわたしのことも遊びだった、ということですか?」


 いやいやいや。

 二人との関係は真剣だよ――って、なんかこれおかしくないだろうか?


 別に付き合っているわけじゃないし、そもそも二人は幼女である。遊びの関係という言い方は悪いかもしれない。でも、一緒に遊んでいることは事実だと思うんだけどなぁ。


 しかし、そのことを反論できるほど今の俺に余裕はなかった。


「せつめーして! こはるにもちゃんとしょーかいしてっ」


「わたしも知りたいです。よーへーくんと彼女がどういう関係なのか、を」


 二人の幼女がぐいっと詰めてきて、俺は思わずしりもちをついた。

 考えうる限り最悪の修羅場だった……どうすればいいんだろう。


 そもそもなんで、こんな状況になってしまったのだろうか。

 きっかけは、そう……昨日の放課後に発した、ひめの一言だった――。






「陽平くんのお家に遊びに行ってみたいです」


 六月下旬。まだ梅雨の影響で天候が崩れやすい季節。窓の外で小雨が降りしきる中、放課後の教室でひめがそんなことを呟いた。


「俺の家に? 何もないし、ひめの家に比べたら狭いけど……」


「大きさなんて気にしたことありません。むしろ我が家は大きすぎて少し寂しいので、もっと小さくてもいいと思っています」


 今日は先っぽまでチョコがギッシリ詰まっているノッポな棒状のお菓子を食べていた。

 聖さんが生徒会の仕事を終わるまで、まだしばらく時間がある。二人でのんびりと雑談を交わしていた。


「それに、陽平くんのお家に何もないなんてことはないですよ」


「いや、本当に面白いものはないんだけどなぁ」


 平々凡々な家庭である。ひめを遊びに招くことをためらうくらいには、何もない。

 しかしひめは、首を横に振って俺の考えを否定した。


「でも、陽平くんがいます。それだけで、わたしにとっては十分です」


 ……この子はどうして、こんなに嬉しいことを言ってくれるのだろう。

 そんなことを言われて、嬉しくないわけがなかった。


「そ、そうなんだ……ありがとう」


「いえいえ。本心ですし、むしろ陽平くんと出会えたことにわたしは感謝しています。お礼を言いたいのはこっちのほうです」


 本当に、言葉の一つ一つが愛らしくて、つい抱きしめたくなってしまう。

 もちろんここは学校なので、そんな大胆なことはしない。だからその代わりに、お菓子をそっと差し出してひめに感謝の思いを伝えた。


「いっぱい食べて」


「はい。いただきます……ぱくっ」


 ひめがかぶりつく。先っぽから少しずつ食べ進めて、俺の指ごと根っこまで食べた。

 その様子を眺めながら、つい笑ってしまった。


 本当に、かわいい子だなぁ。

 こんなに素敵な少女にお願いされているのだ……断れないわけがなかった――。

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