第九十三話 姪っ子は女子に含まれません

「陽平くん、こちらにどうぞ座ってください。わたしは席を外すので」


 現在、俺の席には聖さんが座っている。立ちっぱなしの俺を不憫に思ったのか、ひめが自分の席を空けてくれた。


「ひめ、どこか行くの?」


「はい。あの……お手洗いです」


「あ、ごめんね」


「いえ、謝る必要はないですよ。それでは少しだけ失礼します」


 恥ずかしがりながら答えてくれたひめに、罪悪感がこみあげてくる。

 ここは気を遣うべきだったなぁと思いながら見送って、ひめの席に座った。


(……あったかい)


 ひめ、体温が高いんだろうなぁ。

 椅子に残る温もりを感じた一方で、そんなことを考えている自分がなんだか変態みたいに思えてきた。あまり考えないようにしよう。


「よーへー、女の子が席を立ったら察しないとダメだよ~」


「うん。次から気を付けるよ」


 聖さんがひめに何も言わなかった理由も分かった。これに関しては俺の勉強不足である。


「よーへーってさ……やっぱり女性に慣れてないよね」


 ごもっともだ。

 聖さんも俺の言動を見て薄々気付いていたらしい。


「ひめちゃんとはすごく打ち解けているけど、私には未だに遠慮してる感じがあるし……あと、全然目が合わないね」


「そうかな? あまり意識はしてないけど」


 目が合わない、かな?

 俺としては自然体のつもりなのだが、やっぱり深層心理的には緊張しているのかもしれない。聖さんはそのあたりを感じ取っているようだ。


「今まで女の子とお付き合いしたこととかないの?」


「ないよ。そんなタイミングも機械もない」


「ふーん。じゃあ、仲良くしてた女子とかはいる?」


「……姪っ子は女子に含まれる?」


「含まれませーん。つまり、いないってことだね~」


 まぁ、異性との交流なんて人並み以下だと思う。

 そもそも、俺という人間はクラスでいてもいなくてもいいような地味な存在なのだ。他人に自分から話しかけることもめったになければ、話しかけられたところで会話が盛り上がることも少ないタイプである。


 今までできた数少ない友達もほとんどが俺と似たようなタイプだったので、異性の話なんて一度もしたことがないし……あと、みんな家が大好きなので外で遊ぶこともなかった。たまにゲームで通話しながら遊ぶくらいだ。それすらも、進級でクラスが変わってからは一度としてない。それくらい浅い関係性だったのだと思う。


「私、誰とでも仲良くなれるタイプの人間なんだけどなぁ」


「……俺は友達のつもりだったけど」


 ちょっとショックだった。十分、仲がいいと思っていたのである。

 ただ、俺と聖さんの『仲良し』の認識はどうやら違うようだ。


「友達だとは思うけど、なーんかちょっと物足りないかな~。もうちょっとスキンシップとかしたいかも」


「スキンシップかぁ……」


 聖さんの仲良しの基準が高すぎる。

 異性と気軽にスキンシップできるなら、今頃もう少し明るい人間になれている気がした。


「まぁ、私も男子とはあんまりスキンシップしないんだけどね」


「しないならそこを求められても……」


 さすがにそうか。聖さんほどの人が男子相手だろうと気軽にスキンシップしてくるなんておかしいと思ったのだ。もしそうなら、勘違いした男子がきっと聖さんに大量に告白してくると思う。


 いや、今でも俺が知らないだけで実はかなりモテていそうだ。

 そのあたりの事情は正直よく分からない。


「でも、よーへーとはもう少し仲良くできそうな気もするんだけどね」


 とにかく、聖さんはどうやら現状の関係性に不満を抱いているみたいだ。


「私たちの関係ってなんだろうね?」


 その問いに、友達と真っ先に応えられないのが関係性の複雑さを証明している気がした。

 単なる友達にしては、お互いの事情を知りすぎているのだ――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る