第九十二話 よーへーのせい

「話を聞いてくれてありがとう。帰りは車で送るから、デザートはゆっくり食べてね」


「はい。こちらこそありがとうございました」


 さて、芽衣さんとの話も一区切りついた。

 色々と考えなくてはいけないことがあるものの、とりあえずすぐに決定するようなこともでもない。


 芽衣さんとの会話は短いものだったが、考えさせられるような内容だったせいか、甘いものがほしくなった。ちょうど食べかけのケーキがあるので、それをいただこうかなと思って席に戻ろうとしたのだが。


「やばっ。ひめちゃん、すっごく美味しくない!?」


「あ、あの、お姉ちゃん……三個目はさすがに食べすぎでは?」


「ケーキは別腹だからセーフ♪」


 先ほどまで俺が座っていた席に聖さんがいた。

 しかもその手元にはフォークが握られている。


(お、俺の分も食べてる……!)


 半分残してたケーキはすっかり姿をなくしていた。

 まぁ、そのことに関しては正直なところあまり気にしていない。ウェディングケーキは何せ大きいので、新しく切り分けてもらえばいい話だ。


 しかしながら、大きな問題がある。

 それは、聖さんが持っているフォークは、先ほどまで俺が使っていたものだということだ。


(指摘しない方がいいよなぁ)


 なんでこんなにも無防備なんだろう?

 同級生の男子が使っていた食器なんて、使いたくもないと思うのが普通の女子高生だと思う。それなのに聖さんはまったく気にしていなかった。


 こちらも気にしないように努めてはいるが、やっぱりどうしても同級生なので意識はしてしまうのに……まぁ、落ち着こう。本人が気にしないならそれでいいだろう。俺に被害があるわけでもないし。


「聖さんも食べてるんだ」


「――っ!? む、むぐっ……のどがぁ」


 戻ってきたよ、と伝えるために声をかける。すると聖さんが驚いたようにこちらを振り向いて、それから食べかけていたケーキをのどに詰まらせていた。


「聖さん、落ち着いて。はい、水も飲んで……そうそう、ゆっくりでいいから」


 仕方なく、俺の飲みかけの水を差しだした。聖さんの使っていたコップは水が空だったので、これも不可抗力だ。


「お姉ちゃんはあわてんぼうです」


 ひめも呆れている。ただ、この子も聖さんがのどを詰まらせて慌てて自分の水を差し出そうとしたのもちゃんと見ていた。姉のことを心配していたのだろう。かわいい。


「ふぅ……落ち着いたぁ。よーへー、ありがと~」


「いえいえ。というか、なんで慌ててたの? 声をかけただけなのに」


「べ、別にケーキは食べてないよ?」


 なぜそんなに分かりやすいウソをつくのか。

 聖さん……もうわざとやっているようにしか見えないよ。


「クリーム、鼻についてるよ」


「……ついてないもん」


 と、言いながらもさりげなく紙ナプキンで拭っていた。

 バレバレなのに……と苦笑したら、聖さんはぷいっとそっぽを向いて拗ねた。


「食いしんぼうって思ってるんでしょっ。さっきはおなかいっぱいって言ってたくせに、結局食べてるじゃんってどうせ考えてるでしょ?」


「まぁ、いっぱい食べることは悪いことじゃないから」


「……普段はもうちょっと控えめなんだからね?」


 俺としては別に、食事の量なんて気にしていない。なんなら健康的な範囲内ならいいことだと思う。

 いや……まぁ、たしかに今日の聖さんは食べすぎなので心配だが、悪い印象を持っているわけではない。


 しかし聖さんは気にしているみたいだ。


「本当は我慢するつもりだったんだよ? でも、よーへーの残してたぶんを一口だけ食べたら、止まらなくなっちゃったの。つまり私は悪くないの。よーへーが悪いっ」


 そしてなぜか俺のせいにされていた。

 別に責めてるわけじゃないのになぁ――。

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