第九十一話 二つのルート

「うちのお嬢様を、よろしくね」


 芽衣さんはそう言って、小さく笑った。

 幼い容姿なのに、その微笑みはどこか大人びていてつい見とれた。


 あどけなく笑うひめとは逆だ。

 雰囲気が似ている二人だが、やっぱり芽衣さんはちゃんと大人だなと認識させられる。

 人生経験が言動の節々に出ているというか、余裕を感じるのだ。


 だからこそ、この人はちゃんとあのことにも気付いていたらしい。


「どちらのお嬢様でも、私は祝福するわ」


 聖さんとの距離感も。

 ひめから受ける、親愛の情も。


 やっぱり芽衣さんは、ちゃんと見ている。

 なるほど……だからこの人は『お嬢様をよろしく』としか言わないのか。


「あなたならきっと、二人のどちらとでもうまくいくわ」


 聖さんに限定していない。

 ひめでもいいのだと、芽衣さんは暗に示していた。


「……俺は、選ぶべきでしょうか」


 実はずっと悩んでいる。

 ひめの気持ちも薄々察している中で、そこに向き合うべきなのかどうか、俺はまだ迷っている。


 だからつい、頼ろうとしてしまった。

 ちゃんと事情を把握している芽衣さんに、縋り付こうと手を伸ばした。


 しかし彼女は――優しくて、厳しかった。


「その答えは、あなたがちゃんと選びなさい」


 楽をさせてくれない。

 芽衣さんは、甘えてくる俺をちゃんと突き放して、それでいて支えてくれた。


「たかがメイドの言葉一つで、お嬢様たちの未来を決めさせるわけないでしょう?」


「……そうです、ね」


 あくまで芽衣さんは、星宮姉妹の味方である。

 二人の幸せを心から願っているからこそ、俺の甘えを許すこともないのだ。


「たくさん悩んで。お嬢様たちのことを心から考えて、迷って、すごく苦しい思いもするかもしれない。でも、そうやって出した結論だからこそ、意味のあるものになる」


 何が、とは言わないあたりがやっぱり厳しくて、優しかった。

 芽衣さんは、あくまで助言なのだと意思表示している。行動を決定するのは俺であると、言動で示していた。


 つまり、俺が目指すべき道は二つあるということなのだ。


 一つ目は、これから聖さんと信頼関係を構築して、恋人になることを目指し、最終的には婚約を結ぶ。そしてひめを、当初の約束通りに妹にするというルートがある。


 それからもう一つは、聖さんとの距離感を維持したまま……ひめとの関係を深めていく、というルートだ。


 もちろん、聖さんが俺を好きになってくれるかは分からないし、ひめが俺を好きなままでいてくれるかも分からない。贅沢で傲慢な思考だとも思う。


 ただ、それでもそうなる可能性があるのなら、ちゃんと考えるべきなのだ。

 平凡な俺なんかにはありえない、と思考放棄するのは二人に対して失礼なのだから。


「そうですね……ごめんなさい。ちゃんと考えてみます」


 改めて、背筋を伸ばした。

 伸ばしかけた手を引っ込めて、ギュっと拳を握る。


(これが、ひめをたらしこんだ俺の責任なのかな)


 たらしこんだ、という言葉をあまり使いたくはないのだが。

 しかし、あの日……放課後の教室でお菓子をあげた責任を、ちゃんと取ろう。


 ひめが懐いてくれた。意図したことではないけれど、純真無垢な少女を俺という色に染めてしまった。

 そのことを胸に刻んで……ひめの好意からも逃げずに、ちゃんと向き合おう。


 そんなことを、強く決意したのだった――。





//あとがき//

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