第八十八話 かわいいサプライズ

 芽衣さんはどうやら、俺のことを勘違いしていたようだ。


「あら? ひめお嬢様が、お二人は結婚すると言っていたと思うのだけれど」


「ち、違うもん! ひめちゃんが勝手にそう言っているだけだよっ。も~」


 俺よりも先に聖さんが首を大きく横に振った。

 そんなに強く否定するなんてショックだ……とは、もちろん思っていない。聖さんの言葉が正しいし、むしろ俺からだと否定しにくかったので、逆にありがたいと思ったほどだった。


「陽平くん、ウェディングケーキってそれぞれの段に意味があると知っていますか? 一段目はパーティーのゲストと食べるためで、二段目は参加できなかった方々に配るため。それから三段目は、結婚の記念日や生まれてくる子供に食べさせるため、という意味があるそうですよ」


 一方、ひめは相変わらずマイペースだ。

 芽衣さんに色々と言っている聖さんを横目に、一生懸命話しかけてくれていた。


 縁談に関する話は聖さんがやってくれているし、俺はひめの相手をしておこうかな。


「段数にまで意味があるんだ……そもそもウェディングケーキが三段ってことも知らなかったよ」


「わたしも、芽衣さんに教えてもらいました」


「芽衣さんに……?」


「はい。ウェディングケーキを注文する際にどれがいいか選びました。イチゴが乗っているものを選んでくれて嬉しいです」


 あ、この子……最初から分かってたな?

 やけに落ち着いている理由が分かった。そもそもケーキが出てくることも把握していたらしい。


「ひめ……これってもしかして、サプライズ?」


「えへへ。なんのことでしょうか」


 と、笑いながら舌をちろっと出すひめ。

 愛らしいとぼけ方をされてはどうしようもない。サプライズには驚いたけど許そう。まぁ、最初から怒ってないんだけど。


「陽平くんはお姉ちゃんと結婚するので、今のうちに芽衣さんとも面識があっても良いと思っていました。だから、お願いして早めに迎えに来てもらっていたんです」


 芽衣さんが俺と会うことを計画していた、と思っていた。

 しかしそれは違ったらしい。ひめがお願いしていたようだ。


「もちろん、芽衣さんも会いたいと言っていたことは本当です。なので、全部が全部わたしの指示というわけでもありませんよ? ウェディングケーキの注文を申し出たのも、芽衣さんですから」


 ……芽衣さんの意図もちゃんとあるので、ひめだけの策略と言うわけではないのか。

 今回、この子はただ芽衣さんを補助しただけのようだ……つまり、最初から俺のことに関する根回しも済んでいたということになる。


 芽衣さんに嫌われる可能性なんて、最初からなかったのだ。

 なぜなら、ひめが俺の良い印象を芽衣さんに植え付けていたのだから。


(……やっぱり、子供離れしてるなぁ)


 時折、彼女の特別性を肌で感じることがある。

 今日だってそうだ。子供らしい無邪気な理由でこそあるが、子供らしからぬ外堀の埋め方をしてきた。


 聖さんと俺を、結婚させるために。

 そしてひめが、俺の義妹になるために。


 油断している時。ついそのことを忘れそうになった時。

 そのタイミングで、思い出させるかのようにこの話題を出してくるひめのおかげで、俺は聖さんのことを意識せざるを得なくなる。


 さすが天才幼女だ。

 そう思わせると同時に、だけどこの子はやっぱり子供だとも思った。


(……姉と結婚してほしい、と言う割にはずっとくっついて離れないんだよなぁ)


 手が、俺のひざ元をきゅっと握っている。

 まるで、どこにも行かないでほしいと言わんばかりに。


 自分を見てほしいと、主張するように。


 この子の思いは、今もなお『兄妹愛』なのだろうか。

 そのことは分からないけれど、指摘してもひめを悩ませてしまうだけだと分かっているので……俺は小さく笑って、彼女の頭をそっと撫でるだけにしておいた。


 八歳の子供にその矛盾を指摘するのは、まだ早すぎるだろう――。



//あとがき//

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