第八十七話 不意打ちの縁談

「ふぅ、おなかいっぱいだよ~」


 満足そうにそう呟いて、聖さんがナイフを置いた。

 カチャリと音を立てたお皿には先ほどまで五枚目のステーキが乗っていた。いくら大きくないサイズとはいえ、聖さんはすごく食べっぷりがいい。


 ただ、さすがに満腹ではあるのだろう。


「た、食べすぎて苦しい……っ」


 お腹を押さえて呻いている。何気なくそちらを見てみたのだが、聖さんは俺の視線を察知するや否やさっとおなかを隠した。


「今は見ないでっ。普段はもう少し引っ込んでるんだからね? 本当だもん」


「別にそういうつもりで見たわけじゃないよ……」


 もちろん、お腹の状態をチェックしようとしたわけじゃない。苦しそうにしていたので顔色を見ただけなのに……まぁ、こういうことが言えるくらい余裕があるのなら大丈夫か。


「みんな食べたかしら。そろそろデザートを出してもいい?」


 そういえばさっき、芽衣さんがデザートの用意をしていると言っていた。

 注文していたものらしく、その配送が遅れて夕食の時間もズレたとのこと。


「デザート……! 陽平くん、すごく楽しみですね」


 甘いものが好きなひめはご機嫌だ。俺の洋服をぐいぐいと引っ張って話しかけてくれたので、そうだねと笑って頷いておく。


 俺も甘党なのでデザートは嬉しい。胃袋にはあまり余裕はないものの、せっかく用意してくれたものだしいただこうかな。


 と、俺とひめは楽しみにしている一方で……満腹のあの人は、首を横に振った。


「さ、さすがに私はおなかいっぱいかなぁ」


「そう。じゃあ、聖お嬢様は明日にでも食べてね」


「うん。明日食べる~」


 そういうわけなので、俺とひめだけ食べることになった。

 芽衣さんが食堂から出て行って、待つこと数分。


「お待たせ」


 次に姿を現した芽衣さんは、なんと大きなワゴンを押して入ってきた。

 しかもその上には、三段くらい積み重なっているケーキが置いてある。


「大きい……!」


「しゅ、しゅごい」


「今日は誰の誕生日でもないのに、どうしてケーキなのでしょうか」


 俺と聖さんが驚きの声を上げてしまうほどのサイズ感である。それを見てもひめは相変わらず冷静である。


「三段ということは、これってもしかして……ウェディングケーキでしょうか」


 落ち着いた物言いではあるが、その単語を聞いて俺の動揺はむしろ大きくなった。


「ほ、本当にウェディングケーキなの?」


「ええ。懇意にしているパティシエのお店に注文していたものよ? 気合を入れて作ったから遅れたみたいだけど、味は保証するわ」


「……なんで!? 芽衣ちゃん、なんでウェディングケーキなのっ?」


 びっくりしているのは俺と、それから聖さんもそうみたいである。

 ひめと芽衣さんが変に冷静なだけで、リアクションとしては俺たちが正しいような気もする。


 何せ脈絡がない。

 急にウェディングケーキが出て、驚かないわけがない。


 しかし芽衣さんは不思議そうだ。

 まるで、俺たちが動揺している理由が分からないと言いたげである。


「だって、陽平様と聖お嬢様は婚約しているのよね? ひめお嬢様から聞いていたから、せっかくだし前祝いで食べてもらおうと思っていたのだけれど」


 ――不意打ちだった。

 芽衣さんから一切その話が出ないので、伝わっているとすら思っていなかったのだが。


(……身内公認だったのか!)


 最初から、どうやら俺のことをそう認識していたみだい。

 や、やけに丁寧と言うか、もてなされていると感じていたのだが……その理由がようやく分かった。


 俺はどうやら、聖さんの縁談相手として認識されているみたいだ――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る