第八十九話 残念そうなメイドさん
もちろん、俺と聖さんは婚約関係ではない。
ひめが一方的にそう言っているだけで、二人の間でそういった話は全くしてすらいない。
とはいえ、俺も聖さんもひめのことをすごくかわいく思っているので、彼女の言葉を否定しきれていなかった。
本当はちゃんと『違う』と言わなければいけないのかもしれない。
でも、ひめがあまりにも愛らしくて純粋なので、言えずにいる。たぶん聖さんも同じような理由で縁談について曖昧にしていると思う。
だからこそ、今日のような事態にもなってしまうのだろう。
「陽平くん、すごく美味しいですね」
「うん。こんなに美味しい生クリームを食べたのは初めてかも」
「イチゴもオススメですっ。クリームと一緒に食べると、ほっぺが落ちちゃいそうになります」
さてさて、聖さんと芽衣さんは少し離れた場所で何やらもめているのだが、俺とひめはとりあえずケーキを食べることにした。
既に切り分けてくれていた芽衣さんに感謝である。ひめはイチゴをもぐもぐと食べてふにゃっと笑っていた。かわいいなぁ。
「俺の分も食べていいよ」
「いいのですか? あ、でも陽平くんにも味わってほしいです」
「俺はさっき一つ食べたから。これはひめにあげるよ」
ケーキに乗っているイチゴそのものは一個だけなのだが、半分に切られているので二つに分かれている。片方は食べて満足したので、もう片方をひめにあげた。
「遠慮しなくていいよ。はい、どうぞ」
「……それじゃあ、いただきますね。あむっ」
フォークに刺した差し出すと、ひめが小さな口でぱくっと食べた。
間接キスはもう気にならない。それくらい仲良くなっているのだと思う。
「えへへ。やっぱりイチゴは特別です」
「イチゴ、好きなんだ」
「果物の中では一番好きです……特にショートケーキに乗っているものは、最高です」
と、二人でのんびりデザートを食べていたのだが。
半分ほど食べ終えたタイミングで、
「陽平様、ちょっといい?」
後ろから声をかけられた。
振り向くと、芽衣さんが俺を手招いているのが見えた。どうやらお呼びらしい。
「ひめ、ちょっと席を外すね」
「はい。いってらっしゃいです」
ひめに一声かけてから、席を立つ。
食卓から少し離れて、入口付近に芽衣さんと聖さんがいた。そちらまで歩み寄ると同時、入れ替わるように聖さんが歩き出した。
「じゃあ、よーへーともちゃんと話してね? 私はひめちゃんの面倒をみてくるからっ」
「ええ、色々と聞いておくわ」
聖さんの事情聴取は終わった、ということかな?
何やら不機嫌そうな聖さんは、ぷんぷんと言わんばかりの表情でひめのところに向かっていった。まぁ、ぷんぷん程度の顔なのでまったく怖くはなかったけど。
「そういうわけで、陽平様も色々と教えてほしいわ。私がひめお嬢様から聞いていた話とは色々違ったから」
「……結婚に関する話ですか?」
確認のためにもハッキリとそのワードを出すと、芽衣さんは小さく頷いた。
「そうよ。私は、すでに陽平様と聖お嬢様が婚約を結んだと聞いていたから」
やっぱり、そのように勘違いしていたらしい。
もちろんそれは誤った情報なので首を横に振ったら、芽衣さんは肩をすくめて小さく息をついた。
「婚約は結んでいないのね……残念だわ。陽平様になら、あのだらしない聖お嬢様をお任せできると思ったのに」
芽衣さん、ひめと似たようなことを言うなぁ。
この人もかなり俺の評価が高い。過剰だと思うのだが、とりあえず縁談の話について性格な情報が伝えられて良かった――。
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