第八十一話 ニセモノの疑い
いつの間にか、二杯目のアイスティーがコップに注がれていた。
すぐ隣にはメイドの芽衣さんがいる。お行儀よくちょこんと立っているのだが、さっきよりも距離が近い。
それから彼女は、俺に嫌われていないと分かってからすごく饒舌になってオシャベリしてくれた。
「私もメイドがすごく好きで、ニ十歳の頃に家政婦を募集していた星宮家に応募してメイドになったの」
「ニ十歳……八年前ということは、ひめが生まれたくらいですか?」
「ええ、そうよ。当時から旦那様と奥様はお仕事で多忙だったから、ずっと面倒を見ていたわ。そのせいで未婚なのに娘のように思っているの」
「たしかに、赤ちゃんの頃から見ていたら娘同然ですね」
「まぁ、私はエスカレーター式の女子高に通ってたから、男性とお付き合いしたことないのだけれど。だからあんまりからかわないでね? 自分で言うのもなんだけれど、私はすごくちょろいわ。年下だろうと簡単に引っかかるわよ」
「自分で言わないでくださいよっ。気を付けますから……えっと、なるほど。ずっと面倒を見ているだけあって、たしかにひめは芽衣さんと雰囲気が似てます。聖さんはまったく似てませんけど」
「聖お嬢様は九歳の頃に出会ったから、娘というよりは妹に近いわ。あの子は奥様に似てすごく明るいの……私のことも奥様と同じように『芽衣ちゃん』って呼んでくるし」
「へー。ひめと聖さんのお母さんって、明るい人なんですか」
「ええ。明るくてすっごくわがままよ。今は海外で夫婦揃ってお仕事しているから、今度日本に帰ってきたときに紹介するわね」
「はい。よろしくお願いします……で、でも、怒られたりしないですか? 俺みたいな凡人がひめと聖さんの友達でいいのかなって、たまに不安になります」
「身分なんて、くだらないことは気にしないでいいのに。旦那様も奥様もそういうタイプではないから安心していいわ。生まれなんかより人格を見てるお二人だもの」
「……それならなおさら、自信はないです」
「大丈夫よ。陽平様は素敵な人だから、心配なんて不要よ。私が保証するわ」
「そうでしょうか……いや、そうですね。芽衣さんがそう言ってくれるなら、嬉しいです。ありがとうございます」
――と、いう感じで二人ともいつの間にか打ち解けていた。
先ほどの気まずさはどこへやら。お互いに嫌い合っているのではなく、むしろ好意的と分かっているので、遠慮はあまりない。
むしろ、認められているという安心感のおかげで色々と話すことができた気がする。
そうやって、しばらくオシャベリしていた頃合いだった。
会話に夢中になっていたせいで、周囲に気を張っていなかったのだろう。
扉が開くまで、二人の到着に気付かなかった。
「あの……戻りました。盛り上がっているところ、すみません」
「あ、おかえり。もうお風呂あがったんだ」
「はい。お待たせしてごめんなさい」
「ひめお嬢様、おかえりなさい」
「芽衣さんも、陽平くんのお相手をしてくれてありがとうございます」
ひめの方は普段通りで、落ち着いて声をかけてくれたのだが。
しかし、隣の彼女は明らかに動揺していた。
「な、なななな何事! ひめちゃん、なんでそんなに冷静なの!?」
聖さんが、こっちを見て腰を抜かしていた。
ひめの横で尻もちをついている。まるで幽霊でも見たかのような表情でこちらを見て口をあんぐりと開けていた。
「え? 何がですか?」
「何がって――ほら! 芽衣ちゃんが、笑ってるんだけど!?」
「はい。笑ってますね」
「あの無愛想で不機嫌で人見知りでずっとムスッとしてて厳しくてお菓子を食べるたびに『ポロポロ落とさないで』って小言ばかり言う芽衣ちゃんが、初対面の男の子の前でニコニコしてるなんてありえないよ! に、にににニセモノだ……あれは本当の芽衣ちゃんじゃないのっ。本物の芽衣ちゃんはどこ!?」
どうやら聖さん、芽衣さんの様子に驚いているらしい。
ちょっとリアクションがオーバーな気もするけど……それくらい、芽衣さんの笑顔が珍しかったみたいだ――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます