第七十九話 お互い様の勘違い

 芽衣さんが優しく微笑んだ。

 それを見てドキッとしてしまい、つい返答に詰まってしまった。


「あ、ありがとうございます」


 こう言い返すのが精いっぱいだったのである。

 もちろん悪い感情があるわけじゃない。ただ、照れて口ごもっただけである。


 しかし芽衣さんは、それをこう捉えてしまったようだ。


「……やっぱり、私と二人でいると落ち着かないわよね」


 そういえば彼女はさっきからずっと申し訳なさそうに見える。

 俺が緊張していることに責任を感じているみたいだ。


「不愛想な大人でごめんなさいね。私の事、苦手みたいだし……それなのに話を聞いてくれてありがとう。すぐに出ていくから、安心して」


 あ、そうか。

 芽衣さんはまだ、俺に嫌われていると勘違いしているのか。


 俺の方も嫌われていると思っていたので、お互いに勘違いしていたということになる。そのせいで二人とも気まずくなっていたわけだ。


 ただ、芽衣さんの方は本音を打ち明けてくれたわけで。

 今度は俺の方も、恥ずかしがらずに……ちゃんと伝えなければならないだろう。


「それじゃあ、失礼するわ。もう少ししたらお嬢様たちも戻ってくると思うから、その時にまた呼びに来るわね……私とお話してくれてありがとう。すごく、楽しかったわ」


 そう言って、芽衣さんが部屋から出ていこうと踵を返した。

 このままだと勘違いされたままである。だから意を決して声を上げた。


「あ、あの! 別に、芽衣さんのことが嫌いなわけじゃなくてっ」


「……陽平様は優しいわね。でも、気を遣われるのはあまり好きじゃないの。申し訳なく思っちゃうから、自然体でいいわ」


 まずい。嫌われていることを否定しても、俺が気を遣っているだけと認識されてしまっている。


「さっきも言ったでしょう? こういう性格だから、嫌われることには慣れているし、なんとも思わないの。大丈夫よ、安心して」


「で、でも……本当に嫌っているわけじゃないんです」


「……それならどうして、そんなに緊張しているの? 私と話す時、陽平様は様子がおかしいわよ。ひめお嬢様や聖お嬢様と一緒にいる時とは違うじゃない」


 バレている。

 芽衣さん、観察眼は鋭いタイプなのだろう。俺の様子が普通じゃないことも察している。


 ……ここで嘘をついたら、さっきと同じ展開になるだろう。

 芽衣さんと二人きりになってすぐのことだ。お互いに無言でいて、芽衣さんがその理由を聞いてきた時に『アイスティーが美味しくて黙っていた』と嘘をついてから、一気に気まずさが加速した。


「嫌いなんて、ありえないです」


 だから今度は、ちゃんと誤魔化さずに自分の思いをちゃんと伝えることにしたのだ。




「……好きなんです――メイドさんが!」




 よし、ちゃんと言えた。

 本人に言うのはやっぱり恥ずかしかったのだが……芽衣さんに嫌われているわけではないと分かったので、俺もなんとか言えたのである。


「その……メイド服、すごく似合ってます。かわいくて、緊張してました」


「…………」


 芽衣さんは無言だ。

 ドン引きしている――わけじゃないのは、表情を見れば分かる。


 なぜなら芽衣さんは、顔を真っ赤にしていたからだ。


「そ、そうだったの? ふーん、そう……嫌われてはないのね」


 と、冷静を装ってはいるのだが、芽衣さんも照れているようで。

 さっきからスカートのすそをギュッと握っている。その仕草がまたかわいくて、ついニヤけそうだった。


 やっぱり、メイドさんはかわいいなぁ――。




//あとがき//

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