第七十八話 メイドさんにはできなかったこと
どうやら芽衣さんに嫌われていなかったらしい。
というかむしろ、すごく好意的に思ってくれていたみたいだ。
「そんな、お礼を言われることなんてしてないですからっ」
深々と頭を下げられても、大層なことを俺はしていない。
謙遜ではなく、単純にそう思ったので首を横に振った。
そんな俺を見て、芽衣さんは目を細めた。
優しい表情で彼女は俺を見ている。
「ひめお嬢様は、陽平様と出会うまでほとんど笑うことがなかったわ」
それから彼女は、静かに語りだした。
なぜ、こんなにも強く俺に感謝しているのかを教えてくれたのである。
「飛び級していて、大人びていて、落ち着いている……でもひめお嬢様はまだ8歳よ。もう少し、子供らしくしてもいいのにってずっと思っていたわ。わがままを言ったり、無邪気に笑ってほしかったの」
ひめは最近、よく笑っているところを見るようになった。
だからそこまで気にすることはなかったのだが……実はこの変化、芽衣さんからするとかなり大きなものだったようだ。
「だけど、私はこういう性格だから……お仕事はできるけど、人との交流はすごく苦手で。もっと明るい性格なら、ひめお嬢様を笑わせてあげることもできたはずなのに……何もしてあげることができなかったわ。」
「苦手、なんですか?」
「苦手よ。だから、陽平様にも気を遣わせてしまっているでしょう? 私の方が大人なんだから、本当はちゃんとリードしてあげないといけないのに」
……確かに、愛想が良いタイプではないか。
実際、俺もさっきまで過剰に緊張していた。芽衣さんには独特な空気感があると思う。
そのことに本人も自覚があるようだ。
そして、だからこそ……ひめとのコミュニケーションにも不甲斐なさを感じていた――ということか。
「家でも学校でも、ずっと無表情のひめお嬢様を見ているとすごく申し訳なく感じてくるの。もしかして、私に似てしまったのかなって」
「たしかに、雰囲気は似てますね」
もちろん、俺としては良い意味でそう言った。
静かで落ち着いていることは決して悪いことなんかじゃない。むしろ、クールなメイドさんはすごく好きなので、芽衣さんのスタンスも良いと思っている。
ただ、彼女自身はそう思ってないようだ。
似ている、という言葉も悪く捉えてしまっているみたいで。
「そうよね。不愛想で人付き合いが苦手なところも似てしまったかもしれないわ。すごく、心配していたの。まだ子供なのに、もっと笑ってもいいのに……って」
そんなことを芽衣さんが悩んでいた頃に、俺がひめと出会ったわけだ。
「でもある日から、急に笑うようになったわ。毎日、学校に行くことを楽しみにするようになって、明るくなって……そのたびにひめお嬢様は、あなたの話をしていたの」
俺との出会いは、少なからずひめに良い影響があったのだろうか。
芽衣さんの話を聞いて、ふとそんなことを思った。
自分ではあまりその自信はないけれど……もしそうだとするなら、俺もすごく嬉しかった。
「だから、陽平様に感謝しているわ。あなたは十分、お礼を言われるようなことをしているの。私にできないことをしてくれてありがとう……あと、ひめお嬢様を大切に思ってくれて、すごく嬉しいわ」
そう言って、芽衣さんが小さく微笑んだ。
優しい笑顔を向けられて、ついドキッとした。
やめてほしいなぁ。
好みのお姉さんにそういう顔をされると、男子高校生として緊張せざるを得ないのだから――。
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