第七十七話 過保護なメイドさん

 てっきり説教でもされるのかと思っていたけれど。

 芽衣さんに、なぜか感謝されていた。


「え? あ、えっと……うぇ?」


 この方向性で身構えてなかった。

 否定の言葉を受け止めるために踏ん張っていたのに、ぶつかってきたのは肯定の温かくて優しい言葉だったのである。バランスが崩れて、うまく言葉を返せない。


 そんな俺の様子を感じたのだろう。

 頭を上げた芽衣さんが、補足するように説明の言葉を足してくれた。


「あなたと出会ってから、二人ともすごく明るくなってて……特にひめお嬢様なんて、毎日すごく楽しそうにしているの。それが嬉しいのか、聖お嬢様もよく笑うようになった。だから、いつかあなたにお礼が言いたかったのよ――陽平様?」


 名前もこの時初めて呼ばれた。

 ずっと『あなた』と呼ばれていたので、名前すら口に出したくないと思っていたのだが……それは勘違いだったらしい。


「あの……陽平様でいいのよね? もしかして、嫌かしら」


「いえ! 嫌ではないのですが……ちょっとびっくりしてて」


 俺が戸惑ってばかりだからだろう。

 芽衣さんがすごく気を遣ってくれているように感じた。


「びっくりさせてごめんなさい。やっぱり、唐突だったかしら」


「それもあるんですけど……二人きりになったので、厳しい言葉をもらうのかなと覚悟して身構えていました。だから、動揺してます」


 自分の状態を正直に伝える。

 そうすると、芽衣さんが分かりやすく申し訳なさそうに肩を落とした。


「勘違いさせちゃってたのね。ごめんなさい……ただ、お嬢様たちの前だと言いにくくて。ほら、これでも一応、二人のお姉さんみたいなものだし」


「……恥ずかしかった、ということですか?」


「ハッキリ言わないで……自分でも分かっているのよ。お嬢様にご友人ができて喜んでるなんて、過保護でしょう? だけど、嬉しかったのだから仕方ないじゃない」


「な、なるほど」


「それに、二人の前では頼れるクールなメイドでいたいのよ。こうやってデレデレしてるところなんて見せたくないわ」


 デレデレ……してるのかな?

 表情の変化が薄いので分かりにくいけど、言われてみると確かに少し顔が赤くなっている気もした。


 少なくとも、否定されていたわけではなかったらしい。


「陽平様とお会いできて嬉しいわ。ありがとうね、本当に」


 あ、分かった。

 この人、あれだ。不器用というか、無表情なだけで……すごく、優しい人なんだ。


 ひめと雰囲気が似ている。

 あの子は芽衣さんほど冷たい印象はないのですぐに打ち解けられたけど、芽衣さんは年上な分、かわいらしい一面に気付くのが遅れてしまった。


 そのせいでずっと怒られると思っていたのだ。

 でも、それは大きな勘違いだったとようやく理解できた。


「いつか、直接伝えたかったの。そして、これからもお嬢様たちのことをよろしくね……って。お礼のつもりで、今日はご馳走も用意してるから食べていってね。注文しているデザートの到着が遅れているけれど、たぶん食後には届くと思うから楽しみにしてて」


 あと、少し俺が考えすぎていたことにも反省した。

 二人きりになるために紅茶をこぼしたのは本当だろうけど、夕食が遅れていたのは本当みたいだ。そこさえも意図的なものだったのかと勘ぐっていた自分が恥ずかしい。


 せっかく、芽衣さんがおもてなしをしてくれようとしていたのに、それを疑ってしまったことが悔やましい。


 どうやら俺は、最初からずっと歓迎されていたようだ。

 それなのに変に疑って警戒していたことが、すごく申し訳なかった――。

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