第七十五話 意図的な『二人きり』

 椅子に座る俺。すぐ隣で直立不動の芽衣さん。

 その状況がしばらく続いていた。


「「…………」」


 無言はもう数分程続いている。

 芽衣さんもアイスティーの話以降は口を開かないし、俺も何を言っていいのか分からずにいた。


 静かだ。カラン、という氷の溶ける音が大きく聞こえてくる程に。


(どんな話をすればいいんだろう……?)


 自分がなんだかおかしい。

 たしかに他人とのコミュニケーションは得意じゃないタイプである。でも、気まずくなったら話題を出せる程度の対人能力はあると自認している。


 俺は自分から話すことは少ないが、口数が少ないタイプというわけでもない。むしろ上辺だけの会話は得意というか、間を埋めるだけの浅い会話であればそこまで苦労せずにできたはずだ。


 しかし芽衣さんに対しては、それができない。

 彼女は独特の雰囲気がある。無表情で感情が読めないせいか、気軽に話題を提供することをためらってしまうのだ。


 とはいえ……いくら見た目が幼いからと言って、芽衣さんは大人の女性だ。

 高校生のクソガキが委縮するのは、そこまで変ではないと思う。


(メイド服、いいなぁ……って変なこと考えてるからダメなんだろうな)


 たとえるなら、あれだ。

 年上の女性にドキドキしている、のかもしれない。

 芽衣さんは見た目が幼いのでその表現が完全に適していないと思うのだが、それに近い感情があったのである。


 そうやって、いつまでも黙り込んでいたからだろう。


「やっぱり緊張するかしら」


 見かねたと言わんばかりに、芽衣さんが話しかけてくれた。

 まぁ、無表情なので実際に見かねたと思っているのかは分からないが。


「二人きりになった途端、表情が強張ってるけれど大丈夫? そんなに私が嫌なの?」


 少なくとも、俺のおかしな様子は伝わっているようだ。


「えっと、緊張はしていますけど……嫌というわけじゃなくて」


 別に悪い感情を抱いているわけじゃない。

 ただ、メイド服がすごく好きなんですとは言いにくかったので、別の言い訳を探してつい口にしてしまった。


「あ、アイスティーが美味しくて、つい黙り込んでしまいました」


「何を言ってるの? もうとっくに飲み干してるじゃない」


 言われて気付いた。

 アイスティーの氷が溶けている。飲み干してしばらく時間が経過していたようだ。緊張のあまり飲み干した自覚がなかったらしい。


 まずい。嘘をついたせいで『芽衣さんが嫌』ということになったしまった気がする。


「……気を遣わなくてもいいわよ。こういう性格だから、気まずい空気には慣れているし。別にあなたと仲良くしたいわけでもないし」


 こ、これは……良くなかったなぁ。

 芽衣さんの言葉が冷たい――気がする。何度も言うけど無表情なので確信はない。あるいは俺が冷たいと感じているだけで、本人は普通なのかもしれない。


 ただ、いずれにしても気まずさに拍車がかかったことは間違いないだろう。


「いつまでも二人でいるとあなたに悪いし……さっさと本題に入った方が良さそうね」


 流れが悪い。

 ただ、おかげで本題を切り出すきっかけにはなったのかもしれない。


 ようやく、芽衣さんがここに残っている理由を知ることができそうだ。

 いったいなぜ、俺とわざわざ二人きりでいるのか。


 その理由がずっと気になっていたのである。


「二人きりで伝えたいことがあったのよ。だからわざとひめお嬢様の服に紅茶をこぼして席を外してもらったの」


 ……どうやらこの状況は、芽衣さんが意図的に作ったものだったらしい。

 そこまでして、俺に何を伝えたいことがあるみたいだ――。

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