第七十一話 その距離感は、恋人か兄妹か

 そういえば、ひめにはこう言われたことを思い出した。


『お姉ちゃんと結婚してください』


 妹みたいにかわいく思っている、という俺の発言を喜んでくれた彼女が発してくれた提案である。俺が聖さんと結婚すれば、たしかにひめは戸籍上でも妹となるし、今よりも繋がりは深くなるだろう。


 それを望んでいるくらい彼女は俺を慕ってくれている。

 その件については素直に嬉しい。ひめのようなすごい人に認められていることが、というよりは……肩書なんて関係なく、こんなにかわいらしい少女が懐いてくれていることに心地良さを覚えている。


 ただ、なんというか……ひめの親しみ方が、兄に対するような感情なのかどうかは、少し自信がなかった。


(この距離感で兄妹ってありえるのかな)


 現在、ベッドで横並びに座っている状態だが……ひめは俺にもたれかかっているような状況である。ひざはもちろん、肩や腕もくっついている上に、その小さな指は俺のふとももに置かれていた。距離感はゼロと言っても過言ではない。


 この距離感は、恋人のような気もする……っていや、親密な兄妹なら有り得ない話でもないのか? むしろ兄妹だからこそ遠慮せずにくっつける、という説もなくはないのか。


 うーん、分からないなぁ。

 年の離れた姉はいるが、妹のいない俺には判断がつかない。ただ、姪っ子のことを考えてみて、ようやく悩みに光が差した。


 姉には娘がいる。今はたしか、六歳だったかな? 活発で元気な女の子である。たびたび俺の家にも遊びに来ていた。

 あの子もそういえばすごく距離感が近い。何かあればすぐに触って来るし、抱き着いてくるし、後ろをついてくる。


 ひめは八歳だけど、ほぼ同世代と考えてもいいだろう。

 心を許した相手には無防備になる年齢、なのかもしれない。だとするなら、この距離感の近さに関してあまり気にしなくてもいいか。


 少し違和感がないと言えばウソになるのだが、ひめはやっぱり兄のような感覚で俺に懐いてくれているのかもしれない。だからこそ、時折思い出したかのように『聖さんとの結婚』を匂わせてくるのだろう。


 この子は、俺が聖さんと結ばれることが一番の幸せだと考えているように見える。

 それはもちろん、ひめにとっての幸せでもあるし……あと、聖さんにとっても。


「面倒見が良くて寛容で懐が大きくて穏やかな人じゃないと、めんどくさがりで頑固で心が小さくてめんどくさがりなお姉ちゃんに付き合うことはできません」


 ひめ、どうも俺のことを過大評価してるんだよなぁ。

 そして聖さんに対しては、ちょっと容赦がない。だからこそ、相性がいいと思っているようにも見えた。


「な、なんで『めんどくさがり』って二回言ったの? ひめちゃん、そんなに私はナマケモノじゃないよっ」


「……そう主張したいのなら、せめて体を起こして言ってください」


 まぁ、ナマケモノではあると思う。

 今だってベッドに横たわったまま動こうとしないので、余計にそう見えた。


「ひどーいっ。もう、ひめちゃんったらいつもそうやって私をバカにするんだからっ。お姉ちゃんもたまには褒めてほしいでーす。私は褒められて伸びる子なんだよ~?」


「褒められるとむしろ何もやらなくなるタイプと思いますが……」


 と、言いながらも、もしかしたらひめは内心で言いすぎたと思っていたのかもしれない。

 ちょっとだけ申し訳なさそうな表情で、こう言葉を付け足した。


「でも、いつも笑っていて明るいので、一緒にいるとすごく元気が出ます。お姉ちゃんの隣にいる時は、小さな悩みなんてバカバカしくなるので、そういう大らかなところは素敵です」


 ……素直な子だなぁ。

 いつも聖さんに対しては少し厳しい意見を言うことの多いひめだけど、その分いいところもたくさん知っているのだろう。スラスラと出てくるお褒めの言葉に、聖さんはふてくされた表情を一瞬で消した。


「ひ、ひめちゃん……好き!」


 嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。

 ちょろい……けどまぁ、気持ちはわかる。


 ひめに褒められるとなぜかすごく嬉しくなるのだから――。

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