第七十話 誰かが面倒を見ないと死んじゃう生き物

「どうぞ陽平くん、座ってください」


「あ、ありがとう」


 座るように勧められた場所は、ベッドの縁だった。


 まぁ、いつまでも立ちっぱなしなのも変だし。

 二人の使用しているベッドに座るのは少し申しわけない気持ちもあったが、これは俺が変に意識しているせいだろう。なるべく自然体を意識して、ひめに促されるままベッドの縁に腰を下ろした。


 ふにゅ、とクッションが少し沈んですぐにぐっと体重を支えてくる。あ、座っただけで分かる。これは寝心地がいい奴だ。

 俺がいつも使っている一般的な寝具とはまるで違う感触である。疲れている時に横になったら一瞬で眠れそうだ。


「ごめんなさい。来客は初めてで、専用の椅子を用意してなくて……今度は用意しておきますね」


 と、言いながらひめも隣に座ってきた。隣と言うか、もはや同じ場所だけど。

 近い。ひざだけでなくふとももまでくっついている。ひめ、少し前までは目も合わせられなかったけど……今はむしろ、前よりも距離感が近くなった気がする。


 以前にもまして懐かれているような感じがして、なんだか嬉しかった。


(なんか、いい匂いがする……)


 芳香剤があるのか。あるいは、寝具の匂いなのか。

 もしくは、ひめと聖さんが生活している空間だからなのか。


 俺の部屋では感じることのできない甘い匂いを感じた。


 そういえば……女の子の部屋に入ったのは初めてだ。

 そのせいで最初は緊張もあった。しかし、星宮姉妹の部屋は良い意味で生活感が薄いというか……一般的な『私室』と呼ぶには特殊なので、変な緊張はすぐになくなった。


 この広い空間が『部屋』であることには、まだ慣れないのだが。

 しかしながら、部屋そのものが想像以上に清潔で、それいでいて整理整頓もされており、物もあまりないおかげで、なんだかホテルの一室のようにも見えた。


 聖さんがいるのに、綺麗な部屋だなぁ。


「聖さんがいるのに、綺麗な部屋だなぁ」


「おいこら。よーへー?」


 あ、まずい。

 心の声がうっかり漏れてたようである。聖さんが胡乱な視線を向けてきたのだが、垂れ目なせいかまったく怖くなかった。聖さんは顔つきそのものが怒ることに向いてない。どんな表情だろうと、ふわふわした印象のある人である。


「私がいて綺麗な部屋であることが不思議ってどういうことっ」


「いや、まぁ……聖さん、後片付けとか苦手そうだし」


「失礼だよ、まったくも~っ」


「え、もしかして意外とそういうことできるの?」


「もちろんだよ? ほら、このお部屋を見たら分かるでしょ? すっごく綺麗なんだから」


「た、たしかに……!」


 ぐーたらな人だと思っていた。

 食欲と睡眠欲が強いし、面倒なことは嫌がるし、努力とか友情とか根性という文字を見るだけで顔をしかめるような根っからの現代っ子。それが星宮聖さん。


 そんな彼女だが、意外としっかりした一面があるのだろうか。

 掃除や整理整頓ができる人だと思ってなかったので、すごく驚いたし見直した。


「聖さんって、家庭的な人なんだ」


「いいえ、違いますが」


 なんだ。やっぱりそうなんだ。

 見直したけど、ひめが即座に否定したのですぐに見損なった。


「ちょっ、ひめちゃん!? 私に合わせてよ、よーへーになめられちゃうでしょっ」


「そうやって見栄を張るような性格だからなめられちゃうのだと思います」


 いや、なめてはないんだけどなぁ。

 でも……まぁ、ひめほど敬意は持っていないということは、事実かもしれないけど。


「いつもお手伝いさんが全部やってくれているのに、自分の功績であるかのように振舞わないでください」


「……わ、私もやろうと思えばできるし? それなら、やってることと同じだと思いま~す」


「同じではありませんよ。お姉ちゃんはナマケモノさんなので……まったく」


 呆れたようにひめは肩をすくめている。

 それから俺を見て、こんなことを呟いた。


「お姉ちゃんは誰かが面倒を見てあげないと、たぶん死んじゃうと思います」


 ……そ、そんなこと言われても。

 まるで、俺に面倒を見てほしいと言っているようで、返答に困った――。




//あとがき//

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