第六十九話 年の離れた姉妹仲
「お嬢様、私は夕食の準備をしてくるから客人のおもてなしをしておいて」
芽衣さんはそう言って、廊下の奥へと消えていった。
……個人の邸宅で『廊下の奥』という表現が使えることにすごく違和感はあるが、実際にその通りなのである。何度見ても星宮邸はすごい。
室内に足を踏み入れて、案内されたのは一階のとある部屋。
両開きの扉のその奥は、どうやら私室みたいだ。
「陽平くん、どうぞ入ってくださいっ」
そういえば初めて女の子の部屋に入るなぁ、と考えて立ち止まっていたらひめに手を引っ張られた。
小さな指に握られると少しくすぐったい。もちろん力は弱いので振りほどこうと思えば簡単にそうできるのだが、そんなことをするわけがない。
ひめ、なんだかテンションが高い。
俺が家に来たことをすごく喜んでいるみたいだった。
「ここがわたしたちのお部屋です」
「へー、そうなんだ……広いね」
ひめに手を握られたまま、部屋を軽く見渡してみる。
俺の部屋の数倍ほどあるだろうか。丸テーブルが一つ、勉強机が二つ、ソファやテレビも備えてある。そんなに家具が置かれてなお余裕のあるスペースの中央には、天蓋付きの大きなベッドがどっしりと鎮座していた。
うん……やっぱりそうだよな。
「もしかしてここって、ひめと聖さんの部屋?」
「はい。二人で使っているお部屋です」
「広いからいいでしょ? ベッドも大きいし、寝心地も抜群なんだよ~」
二人部屋にしても大きすぎる規模なのだ。スペース的な余裕があるのは分かる。
ただ、なんというか……こんなに大きな邸宅だ。個人の部屋を持とうと思えば用意することなんて簡単だろう。
だというのに、わざわざ二人で同じ部屋を使っているということは。
(星宮姉妹って、やっぱり仲いいんだなぁ)
学校での様子を見て分かってはいたのだが、改めて実感した。
たぶん、俺が想像していた以上に二人の絆は深い気がする。
「しかも、ひめちゃんという抱き枕まであるんだよ。うふふ、こんなにいい睡眠環境が他にある? ううん、ないね。だから私はいつもぐっすり眠れちゃうんだよね~」
「……まぁ、お姉ちゃんは寝心地が良いかもしれませんが、寝相が悪いのでわたしはそうでもないですのですが」
「ひめちゃん!? そ、そそそそこまで悪くないもんっ」
「悪いですよ。まったく……仕方ないお姉ちゃんです」
寝ている時でさえ一緒みたいだ。
ひめと聖さん、年齢は9歳も離れている。しかしそれでも二人の仲は親密だった。
俺にも同じくらい年齢の離れた姉がいるが……さすがにここまで仲良くはない。というか、年が離れているので可愛がってはくれたが、その態度は常に幼い子と接する感じだった。
星宮姉妹のように、軽口を交わす関係性ではなかったなぁ。
ひめと聖さんは、やっぱり仲良しである。それを感じて、すごくほっこりした。
やっぱりこの二人には癒やされる。
「陽平くん、聞いてください。お姉ちゃんったら、寝ている時にいつも蛇さんみたいに締め付けてくるのですよ? 胸がクッションになって苦しくはないのですが、暑苦しいのでやめてほしいと思いませんか?」
あ、まずい。
せっかく癒されていたのに、ひめが俺を巻き込んだことで傍観者ではいられなくなった。
「そ、そっか……たいへん、なんだ?」
「はい。陽平くんも体験してみたら分かると思います。この時期は特に、暑苦しいので」
いやいや。さすがにひめのお願いでもダメだよ。
「よーへのえっち」
「それは理不尽だって」
俺は何も言ってないのに。
胸元を隠してジトっとした視線を向けてきた聖さんに、俺は苦笑することしかできなかった――。
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